今回は西野カナさんが歌っている
「もしも運命の人がいるのなら」
について解釈して行きたいと思います!
で、今回はBUMP OF CHIKENさんや
RADWIMPSさん方のような難しい歌詞
ではないので、歌詞がストレートに頭に
入ってくるのではないかと思ってます
曲を否定している訳ではないですし、
西野カナさんを否定している訳でもありません!
こう言う考え方もあるんだなぁ
と言うぐらいのスタンスでいて欲しいです!
今回は一番、二番
大体同じような事を言っているので
一番を解釈していきたいと思います
~歌詞(一番)~
①一分一秒 今この瞬間も
世界のどこかで誰かがきっと
恋に落ちてく 結ばれていく
たったひとりの運命の人と
②かっこよくて 爽やかで
私よりも背が高くて
笑顔が素敵で Ah
キリがない理想 結局は
「好きになった人がタイプ」
そういうもんでしょ
③それでも昔から
好きな人には好かれないし
いいなと思った人は恋人がいるわ
④もしも運命の人がいるのなら
運命の出会いがあるなら
あなたはいったい
どこで寄り道しているのかしら?
もしかしたらすぐ近くにいる?
それとも遥か海の向こう?
いつかあなたが迎えに来てくれる
その日まで待っているから
となっていて、説明し易いように
段落ごとに番号を振らさせて頂きました!
①について
①についてですが、まず確率や偶然について語っているのだと推察されます。今こうして読者の人がこのブログを読んでいる最中に新しい命が生まれたり、また命が途絶えたり。そしてまた、運命の人と出会っていたり…。みたいな初めと終わりを客観的に捉えていますね。
②について
②は理想と現実について語っています。色々と誰かを好きになる前はあれこれとわがままを言っていますが、いざ好きなってしまえばそんな理想は消え、「好きなった人が理想」と、好きになったから、その人の良さに気付いたんだよと言っていますね。よくある話ですね。
③について
③に関しては、何故「良いなと思った人と付き合えないのか」と言う事に気がついていません。
ここからが問題なんです。実は④に答えは隠されています、それすら気付いていない。
④について
④は「運命の人がいるなら待っているよ」
と歌詞で強く伝えています。
このブログで私が伝えたいのは
「待つと言う危険性」
と言う事なんです。
運命の人がいるのなら。
運命の出会いがあるのなら。
私からは動かないから、あなたが迎えにきて?
と歌詞をまとめるこんな感じでしょうか笑
ここが違うんです!
運命の人や出会いを待つぐらいなら、その待つ間に自分を高めて欲しいんです。運命の人と出会えるその日まで自分を高める。そうすれば、その高めた分だけの人と出会えます。
歌詞中に「あなたは一体どこで寄り道をしているのかしら?」とありますが、実は自分が寄り道、又は遠回りをしているんです。その思考をしているから、運命の人が遠ざけるんですね。
自分の人生は自分で掴みにいかないとダメです。他人に投げ出す人生なんてつまらないでしょう。
「もし」とか「たら」とか「れば」とか
そんな思いに負けているようでは
自分を変える事はできません。
長々となりましたが、待つだけでは何も変わりません。自分にアクションを!
皆さんの味方です、頑張りましょう
