◆ 再編集■以前に農林水産省が制作したDVDを紹介しました。思いのほか好評を得ましたが、その中で日本の食物自給率について触れていました。
■それをさらにリアルに知りたいという方には、こちらも参考になります。
“野菜茶業研究所”というところの原文ですが、e's(イーズ)という会社(社会的起業家、という種類で、利益を上げることを目的としている会社ではありません)のサイトで閲覧できます。
■学校の教材(副教材)としても使えるのではないでしょうか!? だれが読んでも学ぶことが多いです…。全文は載せていませんが、続きを読みたくなりましたらe's(イーズ)のhttpから入ってご覧ください。
* 許可を得て載せています。
(ここから転載)~~~~~~
「日本は何人養える?・・・一問一答」
野菜茶業研究所 篠原 信
Q1. 日本だけで、どれくらいの食糧が生産できますか?
A1. 石油が現在と同じ値打ちで手に入るなら、9,000万人分くらいは大丈夫かも知れません。1960年代は食糧自給率が非常に高かった(カロリーベースで 79%(1960年))頃ですが、このときそのくらいの人口でした。しかし、石油が高騰するなど、手に入りにくくなると、3,000万人も難しいかも知れません。
Q2. なぜ石油と食糧が関係あるのですか?
A2. 肥料や農薬を作るのに石油が必要です。農業機械を動かすのも、輸送手段もそうですね。
Q3. どのくらい石油が必要なのですか?
A3. 「土のはたらき」(岩田進午著)によると、化学肥料などを使う現代農法では、収穫物の2.6倍(1970年)のエネルギーを投入しなければなりません。1キロカロリー分のお米を作るのに必要な石油は、2.6キロカロリーだということです。化学肥料・農薬・トラクターで育てたお米は、石油でできている、といってよいでしょう。
ちなみに、まだ有機農法が中心的であった頃(1955年)では、投入したエネルギー(労働など)の1.11倍の収穫が得られていました。
Q4. では、有機農業にすれば、食糧問題は解決ですね?
A4. そう単純にいきません。有機農業に必要な有機肥料は、国内でまかなえません。今、日本で生ゴミがあふれかえっているのは、そもそも海外から大量に食料を輸入しているためです。牛糞なども、海外からの輸入飼料が由来です。食糧や飼料の輸入がなくなれば、有機農業で使用する有機肥料も消えてなくなります。
Q5. 山や海もあるのですから、国内だけで有機質肥料くらいはまかなえるのでは?
A5. その前例として江戸時代を考えてみましょう。江戸時代は鎖国していましたから、日本はほぼ完全な自給自足でした。吉宗のいた享保の時代(18世紀半ば)に人口が約3,000万人に達すると、あとは明治維新を迎えるまで、人口が増えませんでした(「近世日本の人口構造」関山直太郎著)。
江戸時代は山林の下草から糞尿まで、リサイクルを徹底していました。それでも3,000万人以上は養えず、5年に一度くらいの頻度で、飢饉があったようです。 3,000万人分以上の食糧をまかなうだけの有機質肥料は、日本の国土だけでは無理でしょう。
Q6. 江戸時代よりも技術が発展している分、江戸時代よりもたくさんの食糧が生産できるのでは?
A6. 技術は進んだ部分と、むしろ失われた部分とがあります。進んだ部分は、ほとんどが石油エネルギーを自由に使えることが前提になっている技術です。化学肥料も農薬もそうです。石油の値段が高くなるなど、手に入りにくい状況になるとこれらの技術は使えなくなります。
逆に、石油エネルギーに頼らない技術は、かなり失われていると思われます。言い換えれば昔ながらの農作業ですが、現在の農家には、化学肥料を使うようになった農業しか知らない人が多くなっています。また、石油に頼らないというのは技術というより、システムに頼っている部分があります。生ゴミを埋めたて、糞尿を下水に捨てていることだけを見ても、よく分かると思います。国内自給率の高かった1960年代は、まだこれらのリサイクルシステムが機能していました。しかし、今はもうありません。
Q7. でも、江戸時代よりは耕地面積は広がっていますよね。
A7. 確かに広がっています。現時点で476万ヘクタール(2002年)、減反などが行われる前では最大で600万ヘクタール(1960年)の耕地面積がありました。しかし、いくら耕作地があっても肥料がまかなえなければその分収穫は落ちます。江戸時代よりも山林は貧しくなっているようですから、その分国内でまかなえる肥料が少なく、江戸時代より厳しいかも知れません。
Q8. 日本は海で囲まれています。魚を余計に食べれば、もっとたくさんの人口を養えるのでは?
山の幸、川の幸もどうでしょう?
A8. これだけ世界中から魚やエビをかき集めていながら、数%分(カロリー計算)しかまかなえていません。海産物は重要な資源ですが、人口を養うには充分ではありません。
また、森林面積は江戸時代と変わらないのですが、戦後は針葉樹林が増え、食べられるような植物は少なくなっています。河川の魚もずいぶん少なくなっています。江戸時代より海山川の幸は期待できないと思われます。
Q9. 一人あたりの食糧を作るのに必要な耕地面積はどれくらいですか?
A9. 日本人の今の食生活を維持するには、1400m2(1.4反)必要です。明治末期の食生活なら、600m2(0.6反)です(農林水産省「食料需給表」)。現在の日本の耕地面積から計算すると、現在の食生活で3,400万人分、明治末期の食生活で8,000万人弱になります。過去最大だった600万ヘクタールで計算しても、それぞれ4,300万人と1億人です。現在の日本の人口は1億2千万人ですから、明治の食生活に戻っても、まだ足りません。
Q10. では、輸入がなくなっても米を食べればよい、という話は無理なのですか?
昔はそれができていたのですよね。
A10. 実は、お米を主食にすることができた歴史は、とても浅いのです。大正の末くらいからです。それまではムギやヒエ、アワなどの雑穀が重要な食糧源でした。満州や朝鮮半島から食糧を輸入(当時は強制的移送)するようになって、日本人ははじめてお米を主食にすることができました。
第一次大戦後、シベリア出兵の噂でお米が暴騰し、富山県魚津で主婦たちによる米騒動(1918年)が起きたのが発端だそうです。これにあわてた政府が、朝鮮半島から米を大量に日本に運び(強行に近い)、そのかわりに満州からアワを送っていたようです。朝鮮半島でできるお米の約半分(45.3%)が日本に移送されました(「日本農業100年のあゆみ」暉峻衆三)。日本人が国民的にお米を主食にすることができたのは、このときからでした。ちなみに朝鮮ではそれまで一人あたり0.7石のお米を消費(1915~1919年平均)していたのに、日本への移出以降、0.44石(1930~1936年平均)まで落ち込みました。
この歴史的事実だけ見ても、日本のお米だけでは充分な人口を養えないことは明らかです。
~~~~~~(転載ここまで)
…まだまだ続きます。
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