昨日は始業式。

子供たちは
帳尻だけ合わせて
(息子は夜遅くまで絵を描き)
登校していきました。

→と思ってたら息子はまだ今日提出の宿題があったw

今朝、息子を起こすのが遅くて激怒りされる。
(私は目覚まし時計ではないのは分かっていても起こしてほしい甘ったれ。当たりどころがほしかったんだろう。めんどくさい。)

どうなったかな~。
ガッツリ叱られて来ればいいのに。
(思春期男子は他人の言うことしか聞かない)
小心者なんだから宿題は計画的にねー。



夏休み終わりには自殺や不登校の報道が多い。

私にとっての不登校は、
いつの間にか過去になってしまっている。
時々チクチクするよ、今でも。
また行かなくなるんじゃないかって思う。
回数は減ったけど、思うよ。


5年前までは
毎年毎年
2学期の始まりって憂鬱だった。

私にとって憂鬱だった。


行くのかな、
(行かないと思う)

行かないんだろうな、
(行く気無さそう)

行けばいいな、
(行くならスッとサッと行って!)

行くように言った方がいいのかな、
(どうせ行かないのに?)

行かせないのはやっぱりダメ母かしら?

行けって言うのめんどくさいなー。

なんてぐるぐるしてた。


息子は行くのに娘はなんで行かないんだろう。
とも思ってたし。


でもいつからか
娘に対してあまり心配をしなくなった。

それは
一緒にご飯を食べるし、
昼はお弁当を買いに外に出るし、
自分でたまに食事も作るし、
塾も行く。

一人の世界にいなかったから。

もちろん不登校の最初はこもってたけど、
エネルギーが回復したら
学校以外は行ってたから。
(学校も放課後は行ってた。担任による。)

途中から
娘にとっての居場所をどう確保するか、
だけ考えてたかも。

結局居場所は作れたんだか。どうなんだろ。

適応指導教室は毎日通う。
でも、
学校になると行かない。
学校に戻そうとされるのが一番辛かったかも。
居場所がなくなる気がして。

私も仕事が忙しかったのはよかった。
(仕事しないと食べていけない)

家に一緒にずっといたらお互いがやられてた。


今もたまーに色々考えちゃうけど、

生きててくれてよかった。
私がいないときに死なないでくれてよかった。

とは思う。

成績表に斜線しかなかった時代(出てないから)
と、微妙な数字の成績表、どっちがいいか分からないけどw

古傷が痛む季節。