他の音楽評論家に倣い、日本のポップ音楽を軽視していた。YOSHIKI氏が語る、“クラシックミュージシャンは決してロックを軽視することはできず、ロックミュージシャンはまたクラシックをバカにできない”的な発言はどうやら的を射ているようだ。
クラシック音楽は音楽の王道を行き、やはり音楽界に君臨する何かをもっている。そしてクラシック音楽の前身は、教会音楽であり、バロック以前の時代に“神へ捧げる音楽”として、Sacred音楽の役割を担ってきた。
ところが近年、クラシック界のみならず、ユダヤやイルミナティ洗脳音楽が(これまた中毒性が高い)はびこり、クラシック界でもトップミュージシャンとなれば、洗脳されている演奏家に出会うこともある。
話は飛ぶが、フリーメイソンという慈善団体が存在し、ギルドという商業団体が前身であるとされている(私の中では宗教団体という位置付けが強い)。モーツァルトが著名なメンバーであり、フリーメイソンのための音楽を残している。
そのフリーメイソンは世界を牛耳るというビッグな目標があるらしいのだが、近年は、音楽において聞き手を“洗脳“し、なんらかの形で自分たちの目論見達成に貢献させようとする意図がある。有名どころで、きゃりーぱみゅぱみゅなんかがそうだし、そのアーティストは実は枚挙にいとまがないほどである。
クラシック界にもそういう類の音楽家がいて、クラシック音楽の本質を伝える演奏からかけ離れていることは、大変残念なことである。
戦後のGHQによる教育は退廃を極め、精神疾患を持つ人口が増加していることは、戦後教育が功を奏している証拠であろう。
さて日本のポップ音楽は浅くそして明るいものが多い。ところが、この”洗脳“の流れに対抗する”何か“の要素が含まれていることも確かだ。
”日本が恋しい“という理由で日本の流行音楽をアメリカ在住時に聞いていたが、今また、日本の音楽の魅力に取り憑かれて“聞いてみようかな”という想いにかられるのである。