七戸ときどきラスベガス -26ページ目

七戸ときどきラスベガス

徒然なるままに…危険思想

田舎生活を始めて早1年、田舎生活の素晴らしさ、そして不便さを実感している。有機農法の野菜、ここでは残留農薬基準が一定以下のものを指しているのだが、それらの野菜を含めた”オーガニック野菜“がかなり廉価で入手できることと、町の作りが比較的コンパクトにできているため、生活必要物資が徒歩圏内で購入可能であることが、この町に住む“ベネフィット”である、といえよう。

 

不便さとして挙げられるのが、“娯楽施設”などエンターテイメントの要素を含む施設がほぼ皆無である、ということである。数件のスナックなどがちらほら、カラオケに行きたいと思うのなら隣市に足を運ばなければならない。ジムもなければプールもない。そして短い日本滞在期間にキャッチアップすべき“サブカルチャーの宝庫”と呼ぶことができる”漫画喫茶“がこの町にはない。

 

そして最近ある”驚くべき事実“というものを知った。この町の住民は老若男女、結婚という社会規範超えた、そしてお互いの、そしてそ伴侶の合意を得た、”乱倫の文化“が存在するということを… 都会であれば、お金を出すことで“性産業”での娯楽を享受することができるということを、この町では、一般市民がごく普通に、そして当たり前のように楽しんでいるのである。

 

前夫がフランス人であるために、“乱倫文化・フランス”への認知と理解は一般人以上に持ち合わせている、と自覚はあった、しかしながら、青森のそして片田舎で、“性”が娯楽として、そして“無料で”扱われていることに対し、若干の嫌悪感と霊的な乱れ(スピ系なもので…)を感じ、田舎に住むことへの諦め、を抱き始めている。

 

決して彼らの生き方を批判し見下しているわけではない。いや、むしろ人間として生きるための不可欠な、”性欲“の対処、そしてそれがリベラルなものとして町民の認識を得ているということは一つの価値観として認められるべきなのである。しかしながら、そこには私個人の価値観との相違を感じ、自分の身をそのコミュニティに置くことは、”性的娯楽“以外のエンターテイメントを知り、文化面での潤いを求めることをプライオリティとするならば、それは結果としてネガティブなものを産みかねない。

 

早い所の引越しを、検討し始めた