七戸ときどきラスベガス -19ページ目

七戸ときどきラスベガス

徒然なるままに…危険思想

中学生の頃テレビでチャイコフスキー・コンクールが放映されていた。ちょうど諏訪内晶子氏がバイオリン部門で日本人初優勝を飾り、国内でちょっとした騒動になっていた矢先のことであった。諏訪内晶子は典型的な美少女の外見であったが、生み出す音楽は大規模で、そしてダイナミックな表現が印象的だった。

 

その傍ピアノ部門では前代未聞の3位に3人のピアニストが受賞した。ベルギーのヨハン・シュミット、アメリカのケヴィン・ケナー、そして旧ソ連のアントン・モルダソフ。ケヴィン・ケナーはその後、ショパンコンクールで一位なしの2位を受賞しているのだから、かなりの実力者であることが伺える。そしてシュミットはラフマニノフ3番コンチェルトという難曲中の難曲を余裕綽々で弾きこなし、モルダソフの研ぎ澄まされた音色と、彼でなければできない独特の表現は私の心を捉えた。とりわけ、モルダソフは、彼のピアニスト人生の中でこの時が最高潮の時期であったように私は思っている。

 

それ以来、モルダソフとケヴィン・ケナーそしてヨハン・シュミットは私の憧れのピアニストとなった。(残念ながら1位と2位受賞者の演奏は聞き逃している)

 

大学を卒業して留学を志し、テキサスに語学留学を果たした。ノーステキサスは音楽ではトップスクールとされており、心弾ませ音楽学部に足を運んだ。プラクティス・ビルの中に入った時、なんと私の目の前に、アントン・モルダソフと書かれたオフィスがあるではないか。そして数日後、彼が練習室でスケールばかり練習しているのを目の当たりにした。長年の憧れであったモルダソフが目の前にいる。でも緊張のあまり話しかけることができない。以後、同じ学校に在籍し、彼のリサイタルを聞いたり、彼の前を通り過ぎたりということが度々あったのだが、やはり顔を赤らめて、口をつぐんでしまった。

 

今思えば、一度話しかけておけば、ファンだったことを伝えておけばと後悔している。今度テキサスに遊びに行った時に…今からでも遅くはないのかな??