日本は”いじめ“や”いじり“が世界のどこの国以上に存在する国であると思う。その原因の一つに、インドのカースト制度ほどとは言わないが、階級社会の国であり、目に見えない”社会階級“が存在する、そして”出る杭は打たれる“というプロバーブをどの民族よりも深く認識している民族である、と言える。そう、”付和雷同性“がしっかり身についた民族、それが日本人なのである。
帰国してしばらく経つが、たしかに日本は裕福な国だ。社会保障も行政もしっかりなされた国家で快適に暮らすことができる国である。ところが、この国に住む”日本人“をみていて、”日本人は幸せなのか“と問う時、その答えはイエスであるのだろうか。随分と、他の幸せや、社会通念上”こうあるべき“の基準に囚われて生活している、と私の目に映る。そして、その”社会基準“を踏み外して生きた結果、”反社会的である“とレッテルを貼られてしまうこともある。
私は、日本に住むことは快適なのだが、同時に住みずらい国であるとも思い始めてきた。以前にも述べたことがあるが、趣味は配信動画を見ること(アダルト系ではない)で、日本の秀才たちが、秀才であるにも関わらず非常に生きずらい社会に生きていることを知った。彼らは幼少時からの“詰め込み教育”の中、競争社会に生き、ある程度の高学歴を修め、社会に出て行ったのだが、ところがその結果“幸せな生活”というものに行き着けずにいるようだ、ということを知った。日本には実はこの手の“優秀者”が多く存在するのだろう。
たしかに日本ほど安全で住みやすい国は他にない。だけれども、この国の基準や照準に自身を合わせて“無難に”生きていくことに私は幸せというものを見出してはいない。アメリカはHigher Educationの水準が世界でもトップレベルにあるのだが、この国にはこの国の問題があるし… 息子にはどういう教育を施したいか、どういう生き方をしてほしいか、などなど考えた時、その回答が“日本ではない”ということだけは確かである。さて、どこで子育てしようかな??