砂漠地帯のラスベガスに久しぶりに雨が降った。湿度10パーセントを下回るラスベガスでは、雨は常に恵みの雨である。雨が降ると、適度な湿度が保たれ、何より非常に過ごしやすい気温に下降する。北国出身の私にとって、気温が20度を下回ってくれれば非常に快適だ。
家の中で過ごしていれば、屋根に落ちたり、おもての通りに打ち付ける雨音が不快でなく、心地よい音として耳に入ってくる。それが独特のリズムを作ったり、全く規則性のない間隔で雨音がしたり、雨音のみに耳を澄ましていても、なかなか楽しむことができる。余裕のなかった若い頃は、生活の音や天候などに目もくれない生活をしていたので、たった“雨が降っている”という以外何もない状態に対し、音を楽しみ、そして空間を感じることができることは、人生に対し余裕が出てきた証拠なのであろうか。
何人かの作曲家は、この“雨”のテーマで音楽を書いている。有名なところでいうと、フレデリック・ショパンの“雨だれの前奏曲”、そして、ヨハネス・ブラームスの“雨の歌”だ。
ブラームスの雨の歌は、あまりよく知られていないが名曲中の名曲である。ピアノ伴奏で始まる、雨が滴る音にたいし、バイオリンの心地よい旋律が加わることにより音楽が始まる。雨の状態が色々な形で表現されている。初めは滴る雨、そして中間部は、やや嵐になりつつある“雨”を表現しているのか、若干動きが出てくる。雨音の表現が、実に多様に、そして自由に表現された、ブラームスの最高傑作といえよう。
雨の状態が様々に表現されている曲、雨の歌を、実際の雨に例えながら楽しむことができた、雨の日の午後であった。