音楽と社会学を融合した音楽社会学者ダンカは、妊婦生活や子育ての知識はほとんど皆無に近かった。東日本大震災の際里帰りし、コンビニやスーパーには何も売っていない、母の買い置きの缶詰とレトルト食品だけの食生活がしばらく続いた。 3月中旬といえば、春の訪れを感じるのが一般的なのだろうが、青森県ではほぼ冬とおなじ。反射式ストーブの前でサバの缶詰をつつきながらしばらく妊婦生活をしていたことを思い出す。本当に寒かった。
一か月したころだろうか、通っていた産院でみつけたたまごクラブという雑誌に妊婦生活についての情報が網羅されていることをしり、書店で同じ雑誌を購入した。妊婦の写真や、妊婦として理想とされる生活方法、そして入院のとき準備すべきアイテムについてなどありとあらゆることが書かれている。しかし不思議だ。アメリカ生活がながかったからか、たまごクラブ程度の日本語が全く理解できない。どのくらい理解できないかというと、ちょうど留学し始めのころ、大学のブックストアで買った女性ファッション雑誌を購入したとき、内容はわからない、だけれども写真を目でおって理解しているレベルのものだった。不安になった。想像以上に日本語力が衰えているとしったから。そのたまごクラブ雑誌は、私にかわって母に読んでもらうことにした。”目が疲れてよめないのよねー”といいわけしながら・・・ (もちろん同様、テレビもよく理解できなくなっていた)
ようやく春らしくなり、二週に一度産院通いすることが楽しみになってきた。産院に通う度に、3Dのエコー写真を撮ってもらい、わが子がおなかの中でどんな状態なのかを確認し、それを見ながら、“赤ちゃんに早くあいたい”、の思いが募っていったものだった。
妊娠30週すぎたころだろうか、医師がこんなことを言った。”いやあ、赤ちゃんおおきいね”。 確かそのころで一般の胎児よりプラス1000グラムはあって、おなかははちきれそう。このころで相当のビッグ・ベビーだという認識を持つようになった。そして36週目だったろうか、医師は、”産道ギリギリとうれるかな?通れないだろうな、安全策をとって帝王切開にしましょう”とのこと。