無痛分娩が流行る今日この頃、帝王切開という方法で出産したい妊婦は日本にはあまり存在しない。だが、国変われば理想が変わる。アメリカや特に南米では、妊婦自ら帝王切開(通称Cセクション)での出産方法を医師に申し出る。なぜならば、外陰部のシェープが変わってしまうから、という低俗な理由からだ。言い換えれば、外陰部ですら色形整えておく、というのが欧米の美の必要条件である。そして、帝王切開の手術方法だって、vertical (縦に)切るのではなく、横に(horizontal)切開。それはビキニを着た時に手術跡が出ないように、という理由かららしい。何のための出産か、もはや意味不明である。
さて、私は日本にいる時は銭湯や温泉に行くことがある。自宅の湯船は小さいから、少しでも大きい湯船でゆっくり浸かりたいから。湯船に浸かれば他の女性たちの裸が目につく。そこで驚くのが、彼女たちのほとんどが陰毛を処理していないこと。ある程度の老齢の女性ならわかるが、20〜30代の若い女性のほとんどがそう。アメリカ生活の長いわたしには、この事実が驚きで仕方がない。日本では“隠すもの”という定説が未だに払拭されずにおるのか、新聞の広告に挟まれている、”エステサロンの脱毛チラシ“には目を通さないのか、と不思議で仕方がない。
この”処理する“というアイディアは実はイスラム教のコーランが発祥であると記憶している。以後、欧米で“衛生的である”という捉え方をされ、処理されるべきものとしての常識として世に広まった。恐らく日本では、”隠すべきもの“というのが定説で、陰毛を処理しないというのが、女性として貞淑であることの比喩なのかもしれない。処理していることは、そういう仕事に従事しているとか、遊んでいる女とみられてしまうことは仕方がないようだ。ただ、“何でも抗菌文化”の日本が、衛生面で遅れをとっているという事実は滑稽にも思える。
兎にも角にも、グローバル化は進んでいる。日本は鎖国時代が長いから、考え方やメンタルな部分での遅れをとっているということは否めない。古い良き部分は残し、悪しき風習を断ち切っていかなければ、フレキシブルな考えに転換しなければ、もっともっと遅れを取ってしまう感がある。