国際結婚によって引き起こされる弊害は様々ある。言語の相違による誤解や異文化ベースによる解釈の違い、など実に多様だ。中でも、少し頭の弱い私の夫の一番の問題は、通常無関心であるにも関わらず、日本男児と私との会話にたいする嫉妬心が尋常でない、ということだ。
私はわからない。夫の頭が弱いのか、白人全般のミドルクラスがさほど頭がよくないのか、それともたまたまであったこのフランス人が異常なのか。
私の趣味は、日本の配信サイトからいろんな配信者の番組を視聴することだ。話題の豊富さから主に男性配信者の配信を視聴することがおおい。私は何度も説明する。彼らはインターネットラジオのDJで、個人的面識はない、ということを。そこをどう解釈するのか、”ダンカはいつも彼とスカイプしている。 彼と話しているときの私は幸せそうだ。”とは夫の主張。確かに同じ母国語でジョークを飛ばされたときは、笑顔になることはある。この辺の説明をしても、頭の足りないフランス人には通用しない。” 彼はインテリにみえる、彼はハンサムだ、君は彼を好きなんだろう” もう勝手にしてくれ、と無駄なエネルギーを使いたくない私は、台所へおもむき、ウォッカを口にする。
こういう時に思う。彼が選ぶべきだったのは白人女性であり、私が選ぶべきだったのはアジア人男性であったと。彼とは腐れ縁のようなところがあり、離れたりくっついたりしている生活。人生をどこかで間違ってしまった感がある。
ここ米国に住むには、アングロサクソンの男性にひっついているといい、という錯覚はやはり間違いであったのかもしれない。白人と一緒にいることは自分の人生にとって必要なのか、アメリカに在住することがそんなに魅力があることなのか、などなど、国際結婚から派生した問題点ばかり考えて、今晩またシーバスリーガルの瓶を開けることになるのだろう。国際結婚とは私にとってなんだろう、以前に、人生とはなにかという普遍的な事実を探すためにも。