あの一件からその後、

予てから勉強したかった都内の音楽学校に通い始めます。

 

21歳の時にその音楽学校の先生が八王子から通うのは大変なので

(大体の人が八王子の名前が出ると都心から遠い場所と言われ、自分達も地理的に都内と多摩地区そして八王子と区別する傾向があります)

仕事先と住居を世話するので都心の23区内に住んで勉強しなさい、ということで大変親身なっていただくので

その音楽の先生の弟子になってしまいました。

 

後日その音楽の先生は音楽会と芸能界ではとても実力のある有名な人物だと判明します。

ちょうど日本がバブル絶頂期の時代でここから2年間位は貧しい学生暮らしで毎日音楽漬けと、

以前決めた自分のルーツ探しと神仏と歴史の独学で充実した日々でしたが、いまだに実家や親戚では辛い不幸が続きます。

 

当時バブルの真っただ中で同級生たちは学歴に関係なく高額所得者乱立状態でそんな仲間の職業からのお誘いが有りましたが断り続けました。

(どこか皆がお金、お金の様子に見えてしまいました。)金銭的に余裕が無い中での勉強や調べ物の資料の限界がありましたが

アルバイト仕事でよく行った永田町にある国会図書館を発見して勉強や調べ物に通いました。当時インターネットも無い時代でましてやパソコンもありません、国会図書館は大体の物や事柄が資料と本で収集する事が出来ました。

 

もしかしたら現在のインターネットよりもデマや嘘の情報に惑わされる事無く勉強出来る素晴らしい場所でした。

そんな時代の中、東京中の色々な神社仏閣やいかがわしい新興宗教の団体までもいってしまう事もありました。

興味のある物はお金を使わずどんどんチャレンジしていきました。

 

仕事先(某財団法人)では目の前にいる嘱託のおじさん達は見た目は普通のおじさんでしたが正体を知るとびっくりの人達で

元有名企業の重役や幹部の方達で休み時間や昼食時には政治経済や世の中の仕組み海外の事まで教わりまるで

大学の教授の個人レッスン状態で良い勉強をさせていただきました。

 

そんな色々な人達のとの御縁、出会いなどで充実した日々の4年~5年が過ぎて地元の八王子に戻ることになります。

もちろん音楽の世界の方は良い結果が現れません。

 

一番は貧乏生活でしたが

毎日が充実と言うより御縁と夢と希望でキラキラした毎日でした。

この辺りまで25,6歳でした。

 

それから地元の八王子に戻り、本当の世界に向かっていきます。