「湊川の戦い」は、南北朝時代の建武3年(1336年)5月25日、摂津国湊川(兵庫県神戸市)で衝突した、足利尊氏の軍と新田義貞・楠木正成の軍との合戦である。
この戦いで足利尊氏が勝利し、室町幕府を築くことになるのだが、今回の本題はそこではない。
「湊川の戦い」の主役の一人、『楠木正成』の名前の表記についてである。
いま『くすのきまさしげ』という文字を入力すると、ほぼ間違いなく『楠木正成』と変換される。
そして、『くすのきまさしげ』でネット検索すると、これまたほぼ間違いなく『楠木正成』の記事がズラリと出てくる筈である。
しかしである。
実はこの『楠木正成』は誤りで、『楠正成』が正しい表記だと訴える人がいる。
それは、私がたまたま存じ上げている、楠家の正真正銘の末裔の方である。
ではどうして正しい『楠正成』が、間違った『楠木正成』になってしまったのか?
それは、ある学者が、『楠』一文字だと『くすのき』ではなく『くす』と読んでしまう可能性があるので、『楠』の下に『木』を付けて『楠木』にした方が間違えないだろうということが発端らしい。
え?
そんな大きなお世話が罷り通るものなのか?
そもそも、たった一人の学者が、そんな思いつきで人の大切な名前を改名していいものなのか?
それでも影響力があったのだろう、世間の人は『楠木正成』が正しい表記だと思い込んでしまった。
そして、大楠公(=くすのきまさしげ公)を主祭神とする湊川神社の表記ですら『楠木正成』となっているのだから、これを『楠正成』に戻すのは容易なことではないだろう。
ま、正しいことが揉み消され、間違ったことが罷り通る世の中である。
歴史にしても、知らず知らずのうちに書き換えられ、いつしか間違ったことが正しいことに上書きされても誰も気付かなくなる。
それでいいのか?
いい筈がない。
であれば、何事においても鵜呑みにせずに疑ってかからないと、真実は闇の中。
因みに、楠家の末裔の方の苗字は、『楠木』ではなく、『楠』一文字である。
楠正成の合戦屏風
左上の部分を拡大すると「楠正成」と書かれている

