30年も前のことになるが、東京青山の表参道に、
「明日葉」
という旨い魚を食べさせる店があった。
ご主人が釣り好きで、その日に釣った魚を調理してくれるのだが、
「片面を刺身で、片面は煮付けで、二度楽しんでみませんか」
が魚を捌く前の決まり文句だった。
釣れたての黒鯛や石鯛、メジナなどをザルにのせて見せてくれるのだが、どれも見惚れてしまうほど新鮮で美しい姿形をしていた。
やはり、魚は容姿と鮮度と料理人の心に尽きると思う。
さて、佐賀県唐津市呼子(よぶこ)町の港では、玄界灘で獲れる新鮮なイカが水揚げされる。
イカは日本の津々浦々で水揚げされるのだが、ここのイカは別格だと私は思っている。
何故なら…
イカは素手で触ると手の温かさで死んでしまうので、素手で触らないように釣り上げる。
釣ったイカは栄養たっぷりの海水を汲み上げた生簀に入れて、イカの甘みが落ちないように配慮する。
イカは手早く捌かないと墨を吐く。
墨を吐くと水で洗うことになるが、そうなると白濁してしまう。
呼子のイカの活き造りは透明感が売りなので、手早く捌いて白濁しないよう料理人は腕を磨く。
などなど、さまざまな工夫や努力の結集が、呼子のイカの見惚れるまでの透明感に表れている。
呼子のイカの活き造り1 じゃらんより
活き造りの刺身を食べていると、いつしか透明だった身も白みを帯びてくる。
すると、見計らったように、
「耳や足は天ぷらか塩焼きにしましょうか」
と声がかかる。
この刺身以外にも楽しませてくれる気配りが、理屈抜きに嬉しい。
イカも美味しくいただくには容姿と鮮度と料理人の心に尽きると思うが、呼子のイカはそれらを全て満たした逸品である。
唐津市呼子町へは、福岡市内から車で約1時間と思いのほか近いので、機会があれば是非立ち寄ってみてはいかがだろうか。
呼子のイカの活き造り2 まっぷるより