中国江南の旅を終え、上海から飛び立った中国東方航空は、無事成田空港に到着した。


成田空港から自宅近くまでのリムジンバスはコロナ禍以来運休しているため、常時運行している羽田空港経由で帰宅することにした。



国際便が発着する羽田空港第3ターミナルは、外国人客でごった返していた。


そんな中、第3ターミナルに隣接している羽田エアポートガーデンは、あまり混雑していないので穴場といえば穴場である。


8日間続けての中華料理だったので、頭の中は寿司一択。


夕食にはまだ早い時間だったが、ちょっと摘んで帰ることに。


注文した握り寿司に舌鼓を打ち、やはり日本がいいなと満足したところでトイレに立つ。


閉店やら改装やらでトイレの場所がわからなくなり、ふと案内板に目をやると、「お手洗」と書かれた横に以前にはなかった筈の「祈祷室」の文字が。




「祈祷室?」


祈祷室とは、特定の宗教の信者が礼拝を行うための部屋を指すが、主にムスリム(イスラム教信者)がお祈りをする部屋のことを意味する。


イスラム教国のマレーシアではこの祈祷室をよく見掛けたものだが、ここはイスラム教国ではない日本である。


どうしてムスリムを特別扱いしなければならないのだろうか?


マレーシアでは施設という施設に祈祷室があった。


駅にも、病院にも、ショッピングセンターにも、学校にも、役所にも、裁判所にも、競技場にも…


だから、このままではなし崩し的に至るところに祈祷室ができていく可能性が高い。


が、そうなってはいけないのだ、ここはイスラム教国でない日本なのだから。



とは思ってはみたが、なんだか嫌な予感がした。


早速ネット検索してみると、随分以前からいくつかの空港には祈祷室が設置されていることがわかった。


さらには空港だけでなく東京駅にも大阪駅にも、横浜ワールドポーターズといった商業施設にも祈祷室が設置されているようだ。


気づかなかった。


これは本当にマズイ。


このままでは、どんどん侵食されていく…



いかなる宗教を信じようとそれは個人の自由である。


しかし、お祈りをするなら、それは公的な場所ではなく私的な場所でするべきだ。


家でするか、ホテルなどの貸し部屋でするか、それとも宗教団体の関連施設でするか。


そもそも、公共施設に特定団体のスペースなど設けてはいけないのだ。


もし、公共施設に自民党や創価学会といった政治や宗教団体が入っていたら、それこそ大問題になるに違いない。


それなのに、外国の宗教に関しては無頓着、どこまでも寛容である。



内に厳しく、外に甘い。


まさにT首相を見ているかのようだ。


国民に厳しく、T大統領には滅法甘い。


いやはや、とほほ。


中国江南の旅を終えて中国の余韻にもう少し浸ろうと思っていたところ、心ならずも日本の理不尽さに浸って家路に着くことになった。