僕は今、大学生です。

僕は今、大学生です。

僕は大学を5年かけて卒業します。
遊びます。勉強もします。あと、もう一つ「何か」したいです!

Amebaでブログを始めよう!
だいぶブログを更新していなかったので、そろそろ更新します。

そして、近況報告なるものをこれまでしてこなかった気がするので、この機会にしたいと思います。

留学生活もあと4か月を切った感じで、この冬が終わるころにはもう日本に帰るのかあと考えると、月日が経つのは本当に早いなあと感じています。

おおよそ平日は、宿題、インターン先を探すこと、サッカーの3つのルーティーンで回っているので、最近は特に負担も少なく日々を過ごしています(休日はその限りではありません)。

日本に帰る日が近づく日がつれて、なんとなく寂しさが募る一方、「日本に帰ってから何をするのか」というのを最近は本当に考えるようになりました。

選択肢は人それぞれです。

ただ一つ思っているのは、アメリカで学んだことの延長線上で、日本じゃないところで、何かをしたいなということです。
ここアメリカでの短期の留学も、自分で行こうと決めてやってることとはいえ、それでも、「誰かに甘えている」感が否めないので、今度は「誰にも甘えることなく最初から最後まで自分でやってみる」ことにしてみた、みたいな感じです
日本じゃないところで、っていうのは、やっぱり日本にいたら自分にいろいろ甘えてしまうんだろうなって思ったからですね。
言語が100%通じる環境だと、基本何も不自由はしなさそうじゃん、みたいな思考回路です。

ということで、今は今年の夏からインドでやりたいなと思っているインターンシップorボランティアに応募している最中です。
個人的には、2~3か月くらいいろいろやりたいなと考えています。
インドのいろいろなものを吸収したいので、やっぱり2か月くらいは必要かなと思ってです。
ただ、普通にインターンの掲示板から自分で受け入れ先を探して、メールして、resumeとか送って、面接受けて、滞在先探して…とまあ、いろいろやらなきゃいけないので、ちゃんとこぎつけられるかはわかりません。
日本人の拙い英語がどこまで受け入れてもらえるのかわからないし、毎日右往左往しながらパソコンに向かっているので、正直な話、不安な毎日を過ごしています。
もし、ちゃんと仕事をgetできたら、正月パリで飲んだワインをこっちで買って、祝杯を挙げたいです(この際二日酔いなんておそれません)。

でも、おおよそ半年の留学期間で得られた英語でどこまでできるのかには、すごく興味があるので、正直毎日の楽しみでもあります。

いずれにせよ、もうあんまり時間は残されていません。
授業に出て、宿題やって、メールチェックして、サッカー行って、自炊して…という毎日もあと4か月くらいで終わってしまいます。
だから、「今できること」よりも「今できそうなこと」にはとりあえず手を出して、自分がどこまでできるのか試したいなあと、最近は寝る前にいつも思ってしまいます(その結果、毎日睡眠不足ですがw)

日本語の退化が著しいですが(かと言って英語が著しく進化しているわけではないw)、時間がある時にまたブログを更新したいなと思います。

読んでいただき、ありがとうございました。

期末テストも終わり、冬休みに入りました。

日本では明日衆議院選挙ですね。

一つ後悔していることがあります。

英語をもっとやっておけばよかったとかではありません。
もっとサッカー真剣にやりたかったなでもありません。


”在外選挙人登録”のことをすっかり忘れていたことです。


説明必要ないかもしれませんが、海外に3か月以上住む予定で、その期間中に選挙があったりしてその投票に自分も参加したい場合には、諸処の手続きを踏む必要があります。
そこらへんは割愛します。

自分は転出届を埼玉県から持ってくるのを忘れて、22歳にも関わらず選挙に参加できません。
悲しいです。というより「何か」悔しいです。

たぶん、今回の選挙のトピックが十分に知ってて、それなりの秘めたる思いがあるからだと思います。

自分だって、秘めたる思いの一つや二つはあります。
いちばん大きいのは、震災関連と憲法9条関係ですね。
震災関連は話が長くなりそうなので、今度にします。

実際戦争に参加したわけでもないし、戦争になりそうな現場を見たわけでもないし、実際に政策立案に関わっている人から見たら、おそらく「こいつは国益というものをわかっていない」ととらえられることでしょう。

でも、中国と領域関係で対立があろうと、東アジアに軍備関係で緊張が走ろうと、憲法9条を変えるのだけは、嫌です。
絶対に嫌です。
死んでも嫌です。

理由はなんだよ

って思うかもしれません。

明確な理由はありません。
自分たちや、学者が統計や論文を引用して、自分の意見を述べる時みたいな明晰な論理はありません。

戦争に少しでも近づくような状況が、自分の母国で生まれようとしていることに、これまでにない嫌悪感を感じています。
本当に嫌です。
冗談抜きで。

自分の祖父みたいに「もし終戦が1日遅れてたら、わしも太平洋、東南アジアに徴兵されてたよ」っていうことはできません。
韓国の人みたいに、徴兵で戦争訓練みたいなことをしたこともありません。
つくばにいるナイジェリア人の友達みたいに、「おれ2年間くらい兵隊やってたんだよ」ってコーヒー飲みながら話せません。
インド旅行中のおんぼろ夜行列車で会い、インド・パキスタン、カシミール地方の国境警備隊に応募するためにフィジカルチェックを受け、「これに受かったら職が手に入るんだ」「インドのために尽くしたいんだ」と、汗垂らしながら熱心に語ってくれたインド人青年みたいに、母国に対してアツい思いはありません。

でも、おおよそ半世紀前に、数百万の犠牲者を出したあの大惨事がどういうものだったのか、という教育は受けています。

そんな世界を巻き込むような大戦争になるはずないじゃんって思う人もいます。

そうかもしれません。
「戦争」にはならないかもしれません。

でも、現在よりも「戦争に近づく状況」にはなるかもしれません。

それが嫌なんです。

「戦争に近づく状況」を作り出す因子が嫌なんです。

現実を知らない人間の言葉かもしれません。
国益を考えずに、自分の主義主張だけを言い張る大学生かもしれません。


こんな自分の考えも、選挙権のことさえちゃんと考えていたら、「投票」という形で示せ手ました。

1票無駄にしたなって思いました。

だから、ものすごく悔しいです。

だから、今度こそは無駄にしないようにしたいですね。

自分の思った通りになるとは限りませんが、明日もしそうなったらうれしいです。


読んでいただきありがとうございました。
お久しぶりです。

やっとブログ復活しました。
退会済みになっていたと思ったら、2か月間ID間違えて入力していたために、ログインできなかったようですw

留学も3か月が過ぎ、今学期もほとんど終わりに近づいてきています。
thanks giving daysが終わり、再来週からは期末テスト週間になります。この1週間遊び過ぎて何もしなかったので、そろそろ本気を出す時が来たようです。頑張ります。

ネタはいろいろあるんですが、今回はこのthanks giving daysで一つ感じたことを書こうと思います。

感謝と愛情表現、そして「形」についてです。

まず、thanks giving daysって何か。

かなり簡略化してみると、「自分の身の回りに感謝しましょう」みたいな感じですね。
自分がこの世に生まれて「今」という時間を過ごしていること、つまり、自分を生んでくれた両親に感謝するということ、自分を生かしてくれている食べ物、支えてくれている親類、友達に感謝すること。みたいな感じですね。

ちなみに、僕はルームメイトの家族を2泊3日で訪問しました。
毎度のこと、海外では日本人は超少数派なので、新しい環境に入る時は緊張します。今回もです。
みんな、カリブ系なので、緊張しました。
9vs1というところでしょうか。

僕は今22歳ですが、実際のところ、今回のthanks giving daysのように、「周りに感謝する」ことをしっかりとした「形」でやったことはありません。
今回が初めてでした。
だから、すごく羨ましかったです。
食事をいただく前に、最高齢のおばあちゃんがたぶんスペイン語で「感謝の言葉」を述べ、友達、親類みんな一緒に並べてある食事をいただく光景は、一昔前に正月のお節を親類みんなで囲んで食べた光景を思い出すものがありました。

何においても、自分の気持ち、考えていることを「形」で表すことって難しいと思います。
その前にそもそも「形」って何かって話ですよね。
人それぞれ定義があると思います。

一番身近で簡単な例だと、恋人との記念日なんかどうでしょう。
ある人は、レストランでちょっぴり豪華な夕食を食べて祝うかもしれません。
ある人は、それよりも自分が頑張って作ったご飯を食べてもらうのがいいと感じるかもしれませんよね。
ひょっとしたら、サプライズがしたいと思って、普通のデートの後に何か自分で試行錯誤して練った作戦を展開する人もいるかもしれませんね。
何が根底にあるかって、感謝、自分の「愛情」です。

ただ、そんな特別な日以外、かなり親しい関係の人以外で、何か周りに「形」を表現することって、僕自身こっちに来る前は少なかったような気がします。
というのも、日本の文化を否定するわけではありませんが、お辞儀か、片手を少し上げて「よっ!」ってやるお決まりのポーズくらいしか思いつかないからです。
愛情、伝わりにくいですよね。

知り合い男友達にあったら、まずがっちりと握手をする。
女の子であったらhugをかわす。
僕たち日本人から見れば、海外のあいさつって、なんでそんなにボディタッチするの?って思いますよね。
僕も最初は正直抵抗ありました。
もう慣れたっていうのもあるかもしれませんが、これが「形」なんじゃないかって。
彼らの愛情表現は本当に生き生きしています。
僕は彼らのそういうところを見習ってます。
そして「知り合ったらもう仲間だろ」という彼らの考え方が大好きです。
会いたかったとまではいきませんが、「会えてうれしいよ」という感情を自分の体で表現する。表現する側は自分の表現が受け入れてもらえる喜び、受けいれる側は自分の存在を認めてもらえる喜び、お互いに何か心地いいですよね。
感謝は愛情を伴い、愛情は「形」をもつんだと思います。

「会えてよかったよ」

「ありがとう」

もちろん、機さえあれば親類、家族に自分の思いを伝えることも大切です。
でも、もっと範囲を広げて、自分を取り巻くすべての環境、非日常、日常関係なく、なにか「形」ある「ありがとう」を言えるようになりたいなと改めて感じました。
少なくとも、アメリカにいる間は握手とhugですね。
日本ではどんな表現がいいのかはまだわからないので、考えます。

こっちに来て、もちろん英語も少しずつ上達し、交友関係が広がってきて、勉強だけでなく、いろいろな好奇心がわいてきています。
今回のthanks giving daysで、また、「留学してよかった」って思える経験ができました。
誰と特定するわけでもなく、日常生活からちゃんと「形」で自分の気持ちを伝える。大事なことですよね。
自分の留学生活もいろんな人が関わってくれています。
忘れないでいようと思います。


読んでいただきありがとうございました。

たくや