小学校3年になった私は、チーム内でジュニアの部で試合にでる機会が増えてきた。

3年からは外野手ではなく、内野手になった。

サウスポーだった私は、内野ではファーストしか出来なかった。

最初の打順は8とか9のいわゆる下位打線。

そこから、私は日に日に進化を続けてレギュラーの座を勝ち取った。


五年生で初めて、クリーンアップを任されるようになった。
6年の時にはついに不動の四番に。

そして、サヨナラ男のオプション付きだった。

やがて、チームを卒業した私は新たな舞台を求め、目黒東というリトルリーグのチームへの入団を決意した。

だが、そこは絶望と挫折への始まりにすぎなかった。
地域の野球チームへ入部した私に生涯初の背番号が手渡された。

その番号は52だった。
最初についたポジションはセンターだった。

この一年はまず野球を覚える事から始まった。
試合にも全く出れなかった。

まぁ、この一年はスターへの階段を登る準備で終わった。
そんな、デンジャラスな私も、幼稚園児生活に別れを告げ地元の上神明小学校へ入学した。


そして、その小学校では様々な出会いが待っていたのだった。

私には、3つ上の姉がいたのだが当然ながら同じ小学校へ通っていた。

そのおかげかどうかはわからないが、かなり先生や先輩受けは良かったみたいだ。


まぁ、これはただ単なる人との出会い。


奇跡の出会いってのは、そう野球との出会い。

当時、何気なく野球中継を見ていてたのがきっかけで、やってみたいなってのが始まりだった。



すぐに、地域の野球チームへ入部。


それが小学校2年の頃だった。

ここから、私はデンジャラスキッズからミラクルボーイへと変化していくのであった。