やがて、私は小野学園という私立の幼稚園へ入園しました。

そこで二年間色々な事を学んでいきました。
友達という存在、自分像の大切さ、思いやり。

どれも、今の私へ直結していると思います。

そして、迎えた5歳の冬、家族で年末にスキー旅行へ出掛けたときの事です。


何と、人生三度目の骨折を経験。
今回も左足でした


とはいえ、この頃から動いていなければ気が済まないと思ってたんでしょうか。

ギブスを着けたまま家の中を走り回ってたのを今でも覚えてます

おかげで、ギブスはかなり汚れてしまい先生に毎度怒られる始末。


今思えば、アグレッシブな性格はこの頃から芽生え始めていたのかもしれません。
そんな、ドタバタな中生を受けた私は、何事もなく成長しているようにみえた

だが、落とし穴はすぐそこにあったのだった

3歳の時、近所で巨大な石を左足の親指に落として、早くも人生二度目の骨折。
その後も花摘みに出かけた際、喉にハサミを刺したり、竹笛で喉突いたり、まぁやんちゃもなにもかなりのデンジャラスキッズだったわけです。
でも、今思えばかなり死と隣り合わせの事をしてたんだなと、時々ビビってしまいます。

まぁ、今だから家族も笑い話にもなってますが、やはり当時はかなりの大惨事だったんだと、今では反省の言葉しか出てきません。


そんな、デンジャラスキッズは年月を重ね幼稚園へ入園していくのであった。
時は、1984年10月29日東京

ひとりの男の子が産声をあげた。

その男の子は母親のお腹から出てきた時、左の鎖骨を骨折していたという。
体重も4280㌘だったらしく、母親は「育てすぎ」と言われる始末。
元はといえば、私が胎内で育ちすぎたのが原因です。
まぁ、無事に生まれてきて良かったニコニコ

ここから、私のすべては始まった。