小学校3年になった私は、チーム内でジュニアの部で試合にでる機会が増えてきた。

3年からは外野手ではなく、内野手になった。

サウスポーだった私は、内野ではファーストしか出来なかった。

最初の打順は8とか9のいわゆる下位打線。

そこから、私は日に日に進化を続けてレギュラーの座を勝ち取った。


五年生で初めて、クリーンアップを任されるようになった。
6年の時にはついに不動の四番に。

そして、サヨナラ男のオプション付きだった。

やがて、チームを卒業した私は新たな舞台を求め、目黒東というリトルリーグのチームへの入団を決意した。

だが、そこは絶望と挫折への始まりにすぎなかった。