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mcdmの隠れ家

小説裏話なんぞ…


Absence sharpens love(1)
Absence sharpens love(2)
Absence sharpens love(3)
Absence sharpens love(4)
Absence sharpens love(5)

***

「ねぇ月子さん、こっち来て」

おずおずと顔を上げると、葉は少し寂しそうに微笑んで自分の隣を指さしている。
彼の右隣、私の分のスペースは、今日だって最初からちゃんと作られていたって今やっと気付いた。

それはとても自然な行為。
そうだと信じてみた。

ひとつ頷いてゆっくりと彼の隣へ腰掛ける。
そのままそろりと葉の肩のあたりへ頭を寄りかけると、強ばっていた体がふわりと軽くなったように感じた。

「月子さん、何か遠慮してたでしょ?」

くすっと笑って葉は言う。
肩越しに触れる私の体、そこから振動するようにその声が体を巡る。
なんて心地良いんだろう。

「ごめんな、忘れてしもて」

ぽそりと呟いた、その言葉が鉛の塊みたいに私の心に落ちる。

どうして。
どうして葉が謝るの。何もしてない、葉は私を守ってくれただけなのに。

そう言いたかったけれど、言葉が喉の奥につっかえてうまく声にならなかった。
膝の上で握りしめた手に、葉の手が重なる。
冷たくて、骨ばって、大きな手。
仕事のせいか少し荒れた指先。
綺麗な形の爪と、節の高い長い指。

「でも、こうしてるのすごい幸せやなぁって思うんです。正直なとこ、ぜーんぶ忘れてしもて月子さんと今までどうやって暮らしてたのかすら思い出せへんけど、たぶん記憶があった頃の俺はめっちゃ月子さんの事が好きやったんやろなぁって、そう思います」

「ありがとう、私も好き。葉がずっとずっと……」

呪文のように繰り返す言葉、後を追うように流れる涙。
出きる限り葉の負担にならないように、気丈にふるまって笑っていようと思っていたのに。
私はなんて弱いんだろう。

「追加すれば、今の俺も月子さんのことがめっちゃ好きやって確信しとるから、あんまり頑張らへんでもええし」
「うん」
「二回も出会いから恋愛成就まで経験できるなんて、考えようによっちゃなかなかラッキー」
「なるほど、そんな考え方もあるのね」

妙に納得して、泣き笑いみたいになった。
葉も隣で笑っててくれて、きゅっと彼の手を握りしめたら、ちゃんと握り返してくれた。
そうか、私達はまた1から恋をすることが出来るのか。
葉の言葉はまるで魔法みたいだね。

「記憶が無くなったら、こうやって手を繋ぐ事もだめなんじゃないかって思ってたの」

「そんなこと無いですよ。俺と月子さんは恋人同士なんでしょ?」

「でも嫌じゃない?じゃあ例えば…いきなり知らない人が”私はあなたの恋人なのよ”って言って抱きしめてきたとしたら」

「うーん」

ちいさく唸るように返答して、葉は少し考える素振り。
空いたほうの手を顎に添えて、眉間に皺を寄せる。
葉の記憶が消えてしまったことは間違い。
私は葉に今、とてもずるい質問をしている。

「少なくとも今の俺は、月子さんに対して嫌とは絶対思わないですね」

それなのに、あなたは私が望む事を言ってくれる。
私とってもずるいね、ごめんね。
どうして人を好きになるとこんなにも傲慢で欲張りになってしまうんだろう。



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***


「さぁどうぞ」

部屋に到着、ドアを開けて葉を招き入れる。
おずおずと部屋へ一歩踏み込んで歩みを止め、葉はじっと部屋の奥へと視線を送った。

慣れ親しんだ部屋、ここへ来たら何か思い出すんじゃないか。
そんな私の小さな願いは、やはり叶うことは無かった。

「おじゃまします」

『ただーいま』

今の葉と前の葉。
部屋へ入る時の言葉の違いがどうしてこんなにも重く感じるのだろう。

喉が乾いた。
きっと葉も同じだろう。
私は葉へソファに座るよう勧め、キッチンへと飲み物を取りに行く。
耳を澄ませば葉の気配。
ゆっくり歩いて、いつもの席へ腰掛ける微かな音。

『月子サン、ぎゅってしてええ?』

ほんの数時間前、葉がそう言って笑って、私を強く優しく抱きしめてくれた場所。

トレイにアイスティが入ったグラス2つを乗せてリビングへ戻ると、まるで借りてきた猫のようにじっと座る葉の姿。

『ほら、おいで。月子サンもこっち座り』

ぽんぽん、と自分の隣を軽くたたいていつも葉はそう言った。
葉の右隣、私の指定席。
そんな事がとてもとても幸せなのに。

「はい、アイスティ。良かったら飲んで」

マイナス方向へ流れそうになる思考を振り払うように必死に笑顔を作ってみた。
グラスを受け取った葉は、にこりと微笑む。
優しくて、どこか遠い笑顔は、出会った日の記憶を再び蘇らせた。

ソファの横、普段は使っていない三本足の丸いスツール。
それをよいしょと引っ張り出して、葉の座るソファに向かい合うように置いた。
今日は私の席はここ。
葉の隣に座るには、きっとまだ早い。

そう思ってそこに腰掛けようとしたとき、ふいに葉が声を出した。

「あれ。そこに座るんですか?」

とても不思議そうな、少し驚いたような表情。
私もつられて驚いてしまう。

「え?」

「いや、なんとなく、隣に座るんかなぁと思てたから」

すんません、勘違いでした、そう続けて葉ははにかんだように笑う。
それを聞いて、理解したら、つーんと鼻の奥が痛んだ。
ああいけない、と必死に頬の裏を噛んで堪える。

「いつもは」
「……?」
「いつもは、そこに座ってるの」

私の視線は葉の右隣。
じっと見据えていたら、ついに耐えかねて涙がぽろっと一粒落ちた。

しまった、と焦ってすぐに俯く。
目にゴミが入ったの、なんてベタな嘘を付くのも気持ち悪くて、ただ必死に歯を食いしばる。

「月子さん」

葉の優しい声が耳に響く。
もっと呼んで。
もっと何度も呼んで。

心の中でそう願う事くらいは許されるかな。
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***


「所で月子さんは、大学生ですか?」
「うぇあ?」

変な声出た。

これってもしかして、もしかすると。

「え、違いました?免許持ってるしそんくらいかなぁって思って」

免許持ってる→じゃあ18歳以上だろう→ギリギリ18ラインとしてじゃあ19~20くらい?→となると大学生くらいかな?

葉が頭の中で考えていた事がいともたやすく想像できた。
ああ、じゃあやっぱりさっきの”兄妹”も私の勘違いじゃなく……。

「うん、あのね、一応ね、私年上なのよ」
「え」
「うん」
「俺の?」
「うん」
「ほんまですか?」
「うん」
「俺、たしか19ですよね?」

「……うん、なんか、ごめん、25でごめん」

「あぁ、そうなんですか、25…………25?!」

「うん、なんか、本当にごめん……」
「いや、なんか俺こそすんません……てっきり年下か同い年やとばかり……」

重い、間の後。

「じゃあやっぱり敬語で」
「断る」

即答したら葉がやたらおかしそうにけらけらと笑った。

「いいのよ、いいの、もう慣れっこだもの。どうせ小さいから余計に下に見えたんでしょう?」

よよよ、と嘘泣きしつつそんな事を言ってみる。
そうしたらより一層葉が楽しそうに笑う。

「いやいや背もありますけど、それだけやないですよ。童顔ですよね」
「そうでもないよ。近くでみたら歳相応なのよ」
「えぇ、そうかなぁ?」

ちょうど赤信号。車が停止。
その隙を突いて、葉が少しこちらへ顔を近づける。

空気が動いて、葉の香りがほのかにする。
葉のちょっと長めの黒髪がエアコンの風を受けて柔らかに揺れる。
葉はいつもオレンジと炭酸が混じったような香りがするんだ。
私がほっとする懐かしくて大切な香りはちゃんとここにある。

「うん、やっぱり童顔。かわいいですよ」

さらりとそんな事を言う葉に心臓が一回飛び上がった。
敬語の葉って地味に破壊力があるんだって新発見。

「童顔とかわいいは別物よ。そしてさっして可愛くもないのよ」
「でも俺は好きですよ」

月子サンが好き。

いつもいつも葉が私に向ける言葉。
記憶が無くなって、私の事を忘れてしまった葉が同じ事を言うのね。

ほっとして、それから嬉しくて、悲しかった。

ねぇ葉、私の事をいつか思い出してくれるよね?