駐在員としての渡米であり、もちろん期間は限定されている。

 

ただし、私たちの場合、その期間は不明。辞令を発令された際、上司からは「3年?4年?いや5年かな〜?多分8年はないと思う」と言われた模様。事実、前任者に至っては8年…チュー

 

アメリカへは、仕事を辞めて迷うことなく夫について行った。そのことに対して後悔は、全くない。ただ、日本に心残りがないかと言われれば、そうでもない。


そう、大切な母親の存在。

 

5年前に父が他界し、現在、母は地方で1人暮らしをしている。父が亡くなってからは、母を心配して定期的に帰省をしていた。話を聞いたり、買い物をしたり、温泉に行ったり。それが渡米と共にできなくなってしまった。

 

だから夫の異動の話をどう伝えるかもかなり悩んだ。意を決して伝えた際は、意外にもあっさり、「行ってきなさい、一度きりの人生だから。絶対良い経験になるから。お父さんもそう言うと思う。」と背中を押してくれた。絶対に寂しかったはずなのに。

 

そして帰国できず、もうすぐ2年。母には2年近く会っていない。それでも母はとても元気おねがい

 

渡米後、母とのコミュニケションをどうしたかと言うと、日本時間の毎週水曜日11時から1時間だけ電話で話をしている。「決まっている」ということがお互いの安心感につながると思ったから。


毎回「元気してた?」の会話からスタートし、1週間分の報告会をする。母は10時55分には、お手洗いを済ませて、お茶を準備して、スタンバイをしているそう。


もちろん顔を見せるのが1番だと思うけど、このご時世そうはいかない。でもコロナ禍や帰国できないことを言い訳にしたくない。出来ることを探した結果がこれだった。


そして、電話では徹底して聞き役に回る。声を出すことって本当に大切だと思うから。自分からは、たくさん質問をして、母の1週間分の色々を吐き出してもらう。


「じゃあ、次は○日の11時ね。今日はありがとうね」と電話を切る。


楽しそうに話をする母の声を聞くことができて、なにより自分が1番救われている。帰省できない罪悪感がすこしだけ和らぐ。これからも親に対してできることを見つけて、無理のない範囲でしていきたいと思う。


・SIMカードはH2Owirelessという会社のものを使用。母はスマホを持っていないため、固定電話へかけ放題のプランにしている。月額40ドルほど。


↓2020年6月13日渡米した日の成田空港。誰もいなくて寂し過ぎた。