Love & Peace 2011 -18ページ目

Love & Peace 2011

3.11
あの日から変わったこと
変わらないこと
先送りできる問題なんてひとつもない!

(*前記事からの続きです)



ここは以前訪れた場所

http://ameblo.jp/mcd-2011/entry-11034314241.html








たしかに同じ場所だけど



 



別の場所のような・・

何も変わってないような・・

不思議な感覚



 



天気も



 



時間も



 



風も



 



潮位も



 



サーフィンをしている人がいたことも







軽トラに乗ったおじさんたちがいないことも







前とは違っていた



 



でも






変わってなかった










(つづく・・)

 (*前記事からの続きです)




海へ出た






ここははじめて訪れた場所






 


 


 


 


 







真新しい

防潮堤




 





壊れてしまったままの

防潮堤



 







 








ふりかえると


 





右手に

八坂神社


 


中央に

津波犠牲者のための慰霊碑


 



左手に

犠牲になってしまった動物のための慰霊碑


 





ここで

お供花も線香も持ってきていない自分を恥じながら

それぞれに手を合わせる




この前日は月命日の”11日”

お二人の男女が

お花をお供えなさっていました







車を走らせる










(つづく・・)
(*前記事からの続きです)


南相馬市に入り
ずっと気になっていた場所へ向かった。


震災後、営業できなくなり
全国から集まってくる支援物資を受け入れ
地域の人たちに配る拠点になっていた”パチンコ屋”さん。


ここで強くみなさんに訴えたいことは
こういった活動をしてくれた人や
今なお続けている人
それを支えてきた人
その人たちのことを忘れないでほしい


なかには自分の生活を犠牲にして
誰かのために頑張っていたのに
心無い”ことば”に傷ついてしまった人も少なくないと思います。


「今」があるのはそういった人たちの
”思い”や”努力”という礎の上にある。
それを忘れないでほしいです。





さて、話をもどします・・



”パチンコ屋”さんに着いた

当時は今よりも
町から離れていた人も多く
再建の見通しも立たないように見受けられましたが

見事に営業再開されていました!

おそらく大変な苦労があったと思われますが
見事に営業されていました!


当時
ホール一杯に置かれていた数千ケースもの水
各地から送られ地域の人に1本残らず配られたあの水

その光景を想像するのが難しいほど
立派に営業されていました。



それを確認できたことは
大きな収穫です


まだまだ大変なことも
たくさんあると思いますが
負けないでほしいです


ありがとうございました!









パワーをもらった俺は
車に乗りこみ
先へ・・





(つづく・・)











(*前記事からの続きです)


翌朝、出発の準備

たった1日でどこまでまわれるのかわからないが
宿を出た









(はいっ、俺も応援してます!)









前回と全く同じルートを走るということが
思っていたよりも困難だった


ナビが違うということと
前回、ほぼ無計画だったことが
それを難しくしていた

飯館村から南相馬へ
気になる場所はいくつかあったが
同じルートで走ることができなかった


2年半前と大きく違っていた点は
走っている車の台数

前回の飯館村を超えるルートは
たまに警察の車がすれ違う程度で
一般車はほとんど走っていなかったが
今回は普通に走っていた。

ルートのせいも多少はあっても
大きな違いだった





しばらく走ると




 





まだ始まったばかり


先へ進む




(つづく・・)



(*前記事からの続きです)


2年半前の旅の始まりの”福島市”で、たまたま入った居酒屋のマスターに約束した。
「来年、また来るから」って。


(その店でのこと書いた記事です)↓
”震災は終わってない!~4・福島(福島市内)~”↓
http://ameblo.jp/mcd-2011/entry-11028183318.html



そのちょうど1年後に約束を果たそうとしたのだが、
出かける直前に予定変更せざるを得ない状況となり、
”いわき市”から北上することとなった。

果たせなかった約束がずっと、心にひっかかったままだった。





そして・・





店の場所はすぐにわかった。
再訪しようとした時に”ストリートビュー”で何度も確認した、
たぶんここだったよな。って、
PCで歩いた。
いや、通った。



一抹の不安はあったが、ばっちり営業してくれていた。

時間も経ってしまったし、もし覚えてもらえてなくても凹まないよーにしよう。
なんて考えていたが。

マスターは期待を裏切らなかった。




そう

見事に忘れられていた・・・w





運よく空いていたカウンターで生ビールを飲みながら、
2年半前に来た時のことを思い出していた。
こみあげてくる思いがあった。

しばらくしてから

「里芋作ってますか?」
って訊ねると・・

マスターの目つきが変わった。

「なんでこいつそんなこと知ってんだ」って目に・・


だから
「これこれこういうことで・・」と説明すると

「俺、そんなことべらべらしゃべったんだ」って、マスター笑った。


土をいじりだして6年目になり、今じゃズッキーニ、なす、トマト、手広くやっているらしい。
終始笑顔で話し続けるマスター。

お孫さんの話もしてくれた。

「福島の酒が飲みたいなぁ」
と言うと、

「これしかねーんだぁ」って山形の酒が出てきた。

どっかで聞いたようなやりとり。

マスターにも勧める。

断られる。

そう、2年半前とまったくおんなじ。。


「昨日、焼酎飲みすぎてさ、あんま飲めねーんだよ」
って話す手にはビールの缶。

ただひとつ違っていたのは、
ビールサーバーから空き缶にビールを注ぐ姿を見てないこと。

ちょっとうれしかった。



そして、マスター!
信じられない行動に出た。

チューブの”からし”を指に絞りだし舐めだした。

「何してんの?!」って聞けば。

「禁煙してんだ」

「え?」

「タバコ吸いたくなったら、これ舐めてがまんすんだ」

って、

すごく笑った!

おちゃめな舐め方に、うけてしまった!


見た目には元気なマスターも身体を壊しているらしく、
禁煙しているらしい・・

ちと、笑いすぎた。



俺も、マスターも、
あの事故を起こした”電気をつくる怪物”のことにはいっさい触れなかった。

俺はあえて触れなかった。

外は桜が満開だし、
マスターの笑顔も満開だし、
それで充分だった。



しばらく笑って店を後にした。
以前は無かったツーショットの写真なんか撮っちゃったりして。


今回は、また来る約束はしなかった。

でも、この町に来たら絶対来ちゃうんだろうな・・・




(つづく・・)


真黄色になった愛車を洗車して東北道をぶっ飛ばした。

2年半前とは違って、”福島西”の出口付近の手続きを待つ車の列はもうない。

話に夢中になってガソリンを溢れさせた兄ちゃんがいたスタンドも通りすぎ、
あの時と同じ宿へ向かった。




桜を追いかけたわけでも、
「行くべ、東北!」ってブログを目にしたからでもないけど、
どこへ行っても桜は満開で、
「行くべ」って気分だった。

宮城に用事が出来たから。
北上。

どうせなら、2年半前とおんなじルートを通って、
今を知るべきじゃないか?

時間はそんなに取れないが、
走った。

老体にムチうち、
走った。

汗。


荷物を部屋に置き、あんときと同じ店に向かった。

そっから始めなきゃならなかった。

「ヘイ マスター!」


てな




(つづく・・)