同タイトルの番組を観た。
南相馬市は福島第一原発の事故の後、
警戒区域、緊急時避難区域、計画的避難区域、無指定区域に分割された。
さらに7月には、特定避難勧奨地点が設定された。
国による線引きでバラバラにされてしまった。
特定避難勧奨地点に関しては、
各住居の玄関と庭先の2か所で測定された線量で判断された。
庭先の測定場所は測定者が決めた場所であり、
実際はもっと高い線量の場所があったとしても、
たまたま測った数値で判断され、
それが0.1マイクロシーベルト低かっただけで認定されず、
仮設住宅にも入れない。
行く場所もなく、孫にも会えない、孤独に生活している人たちがいる。
認定されなかった家屋でも、けっして低い線量とは言えないのだ。
国の基準が甘すぎる。
事故後の枝野氏の会見では「ただちに人体に影響をあたえない」なんて言ってたけど、
この”ただちに”が問題なわけで・・
裏を返せば、時間が経てば影響が出るって言ってるようなもんだ。
子供に出やすい甲状腺がんは、セシウムよりヨウ素の方が影響するようだ。
半減期が8日と言われるヨウ素。
その事故後の8日間に、多額の資金を費やしたSPEEDIの情報はいっさい公表されなかった。
そのため、風下の北西の飯館村などに多くの人たちが避難した。
国の方針として、健康に影響をあたえる可能性があるすべての人たちを守る義務がある、
責任があると俺は思う。
それが出来ないのは、それだけ被害が甚大な証拠でもある。
せめて、福島県の・・
せめて、浜通りの人たちだけでも・・
だけど、国の出した決断は9月30日に緊急時避難準備区域の解除だった。
放射線量の1年後の減少率は、
核爆弾で1/1000。
原発事故で1/10だそうだ。
9月に南相馬市を訪れた。(当ブログの”震災は終わってない”シリーズに書いてます)
その時に一緒に水を配ったWさんが番組に出られていた。
自らの家も仕事も失ったにもかかわらず、
人のために活動なさっている。
お会いした時には知る由もなかったけど・・
そして、思い起こすと南相馬市の街中で、
子供はもちろん、人が歩いているのをほとんど見なかったことを思いだしハッとした。
天気が悪かったせいもあるのだろうけど、
街中では高圧洗浄機で除染をしている人以外は、
車に乗っている人しか見なかったことに今、気が付いた。
(遅すぎですが・・)
たとえは適切じゃないと思うけど、
”もしもBOX”の世界があった。
飯館村はもっとそうだった。
番組はきのこから高い放射線量が検出されたというラジオの音で終わっていくのだが、
福島市で「きのこと川魚だけは絶対食うな!」と、強く言われたことを思い出す・・
見逃した方はNHKオンデマンドで見ることができます。
興味がない人にこそ見ていただきたい。
LOVE & PEACE & MINAMISOUMA