第12回清水ふるさと塾ガイドウォークに参加してきました。
「大正2年(1913)東京帝国大学(現東大)入学直前の芥川龍之介は8月8日から21日にかけて北矢部の新定院で過ごしている。約半月の滞在中、毎日のように江尻海岸へ海水浴に出かけたという。
若き日の文豪が見た清水の風景を、大正2年8月16日島根県松江の友人宛の書簡に「僕の生活をしらせる」と記している。芥川龍之介全集に収録されている書簡を読み解きながら、新定院から旧江尻海水浴場まで歩いてみよう。」というのが興味深かったからです。
http://s-furusato.net/archive/2010/10/12.html
朝7時過ぎにおきて、家を出たのが8時近く
何か引っかかっていたのを無理に開いたら
めげずに走ります。
ドリプラについてまずは朝市を散策。
画面が小さくなったけど気にしない。
ここで、干物を買いました。
あと、別の店でシラスを購入。
アジの干物が5匹で500円、シラスが200g400円でした。
櫻珈琲で珈琲をご馳走になりましたが
何も買いませんでした。
9時になって25人ほどが集まり、集合写真を撮ってから出発です。
これは、マンホールの蓋。
おなじみの橋を渡って
昭和42年ごろまで営業していた銀行の跡です。
向かいは当時とんかつ屋さんだったはず。
このとんかつ屋さんはうちの親戚だという話をおばあちゃんから聴いた記憶があります。
ここが逗留した部屋なのかな。
聞きそびれました。
月見里(ヤマナシ)稲荷へ。
ここは変わっていて
奥の院は一般公開していないようだ。
奉納された人形。
詳しい話はこちらへ
あ、でも人形の話は出てこないな。
http://s-furusato.net/archive/2010/11/post_83.html
井戸の跡なんですけど
江戸の水道と同じで上流から樋で流れてきたのを溜めておく井戸です。
富士見橋。
昔はこんな木製の橋だったようです。
渡った記憶がどこかにあります。
お水神さんのところ
この飲み屋街のとおりが昔の線路の跡だそうです。
龍之介の手紙は、この線路を渡った
海水浴場到着です。
昔は、江尻の駅から降りてすぐのところにあったようです。
11時ごろから晴れ間がのぞいて
自転車に積んだままの干物とシラスが心配だったので
ここからの船旅はパスして
ドリプラへ戻ることにしました。
自転車に乗って
戻ってみると
ちょうど船が出発するちょっと前でした。
年内はもうないそうですが
日があえばまた参加したいものです。
午後からはゆららでラン。


































