今年は2ちゃんねる動画ブームなので嫁姑話をよく拝見しています。
世の中には自分の想像を超えた発想をする人っているものなんですね!ということを実感していますが、不倫発覚で慰謝料請求みたいな話なら黒さの程度として2ちゃんレギュラーレベルですが、中には、それは社会ルール的にも人間性としても誰から見てもほぼ黒じゃないのかな?と思える話もあったりします。
先日拝見した「お姑さんが嫁のこと気に入らなすぎて大自然中に置き去り一週間放置」という話になると、エッ…(´・ω・`)それって…?という気が途中からしてきましたが、オチを見たら限りなくだめなかんじの話。(他家族が気付かないこともすごいと思いましたが、本人が連絡手段あるのに早めにレスキュー呼んでない点にも若干の謎)
嫁姑ものではイレギュラー方向性の話でしたが、やはり生物は生命力の強さのみが真の強さなのですね…と実感。しかしこれ、結果オーライはたまたまのラッキーでしょう。一歩間違えれば生命が危うい。
また頻度として思ったより多くて意外だったのが、「事実上の一家の大黒柱たる嫁を蔑ろにして姑と夫が路頭に迷う」みたいな話。
時代のパターンに思いました。家事が苦痛ではないお姑さんの場合「嫁=自分に貢献要素ナシ」で、その他の項目が評価外なのだろうなと。
家で居合わせるからには家でのパフォーマンス力で能力を測られることになるし、姑は同フィールドで自分より優劣どちらか判定できても、その外、自分の人生の設定にはないフィールドでその人にどんな価値があるのかを想定できないのだろうと思います。
姑側のミスとして自分の生計がどこから出ているか、本人も状況推察できるようなシチュエーションを見たり説明も受けているのに、なぜかあからさまに自ずから養われていること忘れて相手に排除の意向で突撃し、嫁に詰め寄って案の定散るケース連続なのはなぜ…?
これが案外、頻出度高かった。こちらもその典型例。
視聴後に、理解領域のスタックがないってこういうことなのかな?と思いました。
上記一本はその最たるもので、給料確認以前に学歴のとこで引っかかってしまったために、わかる話がわからなくなってしまったのかもしれません。固定観念のために見ようとしていないものの大きさを考えさせられる話。
普通にしているつもりでイレギュラー可能性を想定していないから、知らぬ間に旧スタイルを押し付けてるのが固定観念ですからね。
「年下は、何も社会的に力や功績をなしている相手なわけがない」
年功序列社会にはこの固定観念=先入観が常にあります。これを大前提としてことが運んでいくので、そうでない正義などだいたい無視されても当然。
だけどそれは30歳くらいまでの「上の立場」の話であって、当アラフィフくらいの年齢になればもう一回り年下でも立派な先生立場だったり、何かの20年選手、数十年プロだったりするのですね。学生時代からキャリア作れるテーマなら、2回り年下でも既に社会の大先輩なんてこともあります。そうか、計算したら、今の私から2回り引いても既に20代後半でした。嘘みたい。
私から見て全然若くても社会人としてそれなり世の中が把握できたお年頃で、しかも情報流通量が多い世代ですから、それなりの人生体験がある方なら全然社会を知ってるわけですね。
恩恵が、下からこないとは限らない。
ただこうして2ちゃん系エピソードを拝見していると思うのは、「スカッと」系のシリーズって私、何もスカッとしないものも多いのですね。なぜって大前提として「こんな悪者をこんな風にこらしめた」系の話なので、大前提としてとんでもないこと言い出す人がいたりするし、誰かやらかしたやつが案の定こんなに黒い話になりました!というパターンなので気分としてはまぁまぁグレーです。人の困ってる姿を見て満足という発想もね。基本的にその人のために自分が黒さを抱えてるわけで。
所詮、語り手の主観話ですからね。相手の言い分は違うかもしれないわけで。それ考えると結構怖い話もあります。
しかし土壇場を切り抜ける知恵はそこにあるので、生きるヒントは詰まっています。だから参考に見ています。
私は自分の大運天中殺中年運天中殺が明けた次のサイクルで出会った方で人生最高にホワイトキャラを見ることになり、あまりの影のなさにホワイトあたり起こしつつ感動した記憶があります。
それから10年以上がたち、影がほぼないエネルギーの場合は地との連携が悪くなるので人を動かすことが難しかったり自分+αの必要物資が欠乏しやすくなるので、その分、社会を知ること、知恵と実行力、幸や利へのカンの良さいるよなぁ、と思います。
特に2ちゃん動画を見た後にきれいごとだけでは通用しないケースを見ると、自分が心を汚さずに汚れたものに対応することの必要性とその難しさを痛感。なんだかんだ言って、大抵の人は適正なグレー範囲にいるからこの世界で当然の毎日を紡いでいられるのだと思いますけどもね。
ただ、人間生き抜くうちに、学習していくことで自分の中に心の澱みを作ります。似たパターンがあれば疑うのです。良くも悪くも素直な目線が設置できない。学習することは穢れやすくなる側面もあります。
ただ、それも行きすぎて正直2ちゃん動画事案に全対応できるレベルの対策スキル身につけたら、たぶん、色々見えるはずのこの世の光が見えてない時もかなり多くなるように思います。
何かの時にマツコ・デラックスさんが番組の中で「人生には奇跡の出会いがあるから(自分の周りにいる人のことを)そういう目線で見ていて欲しいのよ」みたいな趣旨のことを仰っていましたが、固定観念で受け取り損ねないという観点から見たらそういうことだよなぁ、と思うお話。
期待するなかれ、しかし未来への希望は携える。
この姿勢なのでしょうね✨


