少し前、西洋占星術上の定義で9Hも宗教、12Hも宗教と語られることの違いは?というご質問を耳にしたのですが、私の見解を必要としない場かな?と思ってアウトプットをやめたものの、私がもし答えるならこうだな〜ということを考えておりまして、少し以下に書き留めたいと思います。(Twitterに投じたので文節140字単位)

 

宗教性について。古典手法でなく現代読みシステム採用なら。

(現代の時はあえてハウスとサインを区別なくした方が私は整理つくと思うのでそう説明しますが、古典だとハウスとサインは混ぜるな禁止です。よって古典と現代の占星術も、基本的には部分で話混ぜるな禁止なところあります。)

 

射手=9Hは「推す」感覚で、自分もそれに届きたい、より発展して至高に近づきたいと願う意識そのもの、社会性高いゾーンですが主に社会地位ではなく意識の向上性を指し示します。「何かを崇める活動」としての機能です。現代でその状態がわかりやすいのは武道館ライブなど。目的対象がいて、そこに近づきたい。推しごと。

また魚=12Hは集合意識としての宗教方向。12Hは育ちから宗教属性強い方はここに特徴が出ることが多く、主に宗教活動そのもの、本人の所属団体たる環境が読み解けます。「みんな一緒」という状態で、自分と集団がどんな関わり方をするか。なのでここに宗教性感じられる天体がある方は、そのまま宗教活動環境に直結すること多く「シェア」感覚も強くなります。

どっちも宗教活動や感覚に直結するけれども、大きな違いは、9Hの場合、教祖や目的があり現在よりステージ上に行く上昇指向性が大意(だから資格試験とも直結)、12Hは必ず教祖がいるとは限らず「みんなで」「集合意識への融合」「全部」「同じにしてること」が大意で、上か下かの方向性は割と関係ない感じです。

 

ただ、その意味で言えば、水瓶だけ謎に宗教テーマで無視されてる気も…。

人体をチャクラ該当させたら第三の目に相当する6チャクラって水瓶パートなのに。神の目線。俯瞰という感覚はそこ。あと、天に届ける上昇志向的な意味合いは、射手座だけではなく水瓶も保有します。

実際にローカル検証を取られている方が、宗教性に対して、ヘッドが射手座と水瓶座にある人は精神性「より上」を求めていくので宗教性につながるとおっしゃってたレポートもありました。

山羊だけやはり地だからちょっと違うのですよね。上を指向するにも土台や地面など形ある構築を採択する。

 

イメージでしか説明できないけども、射手と水瓶の宗教性とは目線と意識の置き場所にあると思っています。 射手と水瓶は上を見ていて意識も上にあるのですよ。山羊だけ上を見ているのに意識が足元なんです。 たぶんそのイメージだけで、なぜ山羊だけ宗教性と連結しないかは納得いくかと。

ただ、山羊は宗教活動と直結しないだけで、精神性がないわけではないです。これは山羊の場合は哲学めくカラーになります。学問としての哲学ではなくて独特のカラー持ってるですけど、人に論じることもあまりないから分類しづらい気がする。