--- 檜山乃武 『音楽家の名言2』 p. 52. ヤマハ (2011)
才能を惜しまれながら、33歳の若さで病死したルーマニア人ピアニスト、リパッティの言葉です。
1950年9月16日 (亡くなる3ヶ月)、「自分の死期を悟りながら」行った最後のコンサートは、文字通り彼の生命の全てを賭けた演奏でした。
そのコンサートはCDに収録されていて聴くことができますが、その音色の透明さや明るさ、「自分の死期を悟りながら」演奏しているとは思えないほど、瑞々しくヴァイタリティに溢れるもので、その丁寧な音たちを聴いて、私は自然と涙が出てしまいました。
その最後のコンサートの最後の曲、「ショパンのワルツ」を弾く力はもはや残っておらず、その代わりに、バッハのコラール「主よ、人の望みの喜びよ」を演奏しました。生きる力を振り絞って弾く、というのはこういうことを言うのでしょうね。
ブザンソン音楽祭における告別コンサート/リパッティ(ディヌ)

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「優れた曲に対しては尊敬でなく愛しなさい。なぜならそれは永遠に生き続けるものだからです。」
人は永遠には生きられないけれども、曲は永遠に生き残る、生きている間、一生懸命にその曲を愛しましょうと。
彼は最後のコンサートでもこの言葉を具現化していたことが、その出した音を聴いて分かります。
私たちは、寝て起きて食事して仕事して、練習して、、、いつもと変わらない一日を過ごしていると錯覚しがちですが、確実にその一日分だけ死に近付いているのですよね。
時間の芸術である音楽の専門家である (になろうとしている) 音楽家というものは、その「今まさに生きながら死んでいる」という真実をいつも念頭に置いた、そういう種類の集中の仕方が求められています。
このリパッティの最後のコンサートにおける彼の心のあり方が、音楽家のためのメンタルトレーニングの目標の一つです。
そのような、時間 (人生) に対する集中力の大家になって、聴きにくる聴衆たちに「今まさに生きながら死んでいる」という真実を音で気付かせる権利と義務が私たち音楽家にはあるのだと思います。たった一人でも、二人でも、、、です。。。
モノが動く、何か力が働く、そういうときは、筋肉の収縮と伸長のように「押す力」と「引く力」が "同時に" 働いていると思うのですが、私たちが演奏するときも、自身内の奥深いところに位置している芸術エネルギー (真なる内発的動機とかアーティストチャイルドと言えると思います) が、「押す生の力」と「引く死の力」のバランスを取りながら働いているものなのでしょう。
演奏でそのバランスの最善のところをキープしつつ、その芸術エネルギーと音楽が溶け合わさるような志向性を持ち続けることが音楽家の集中の仕方であり、音楽家として「優れた曲を愛する」方法の一つなのではないでしょうか。
音楽家の名言2 ~演奏への情熱を取り戻すメッセージ~/檜山 乃武

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