--- 遠藤浩一 『小澤征爾 日本人と西洋音楽』 p. 171. PHP新書 (2004)
世界が誇る指揮者、小澤征爾氏の言葉です。この言葉から演奏のためのメンタルの何を学ぶことができるでしょう。
日本人として異文化にあたる西洋音楽を吸収しようというハングリー精神が誰よりも強かったと言っている小澤征爾氏ですが、私はこの言葉に小澤氏なりの集中の仕方という意味を感じました。
また、ハングリー精神という数値化できない心の動きや強さを他人と比較することはできないとは思うのですけど、何はともあれ、大切なのは自分がそう思えているかどうか、ですね。
自分の思いは他人に負けない、負けるわけがないという外発的要素も、自分が本番で力を発揮するためや力を伸ばすためなら消し去る必要はない、この言葉にはそんなメッセージもありますね。
小澤氏の注意集中の仕方として「何をどこにどう集めているのか」という視点で見ると、「西洋音楽を吸収しようというハングリー精神」という言葉の中に、集中力の大きな構成要素であるディレクション(方向性) がありますね。
その意識集中には、まず外から内へ「吸収する」という方向性があり、西洋の音を日本人としての自分の価値観?内発的動機?と結び付けるために(そうしないと「自分の音」にならない)、意識や注意が常に自分の内面に向いていたということではないでしょうか。
米国ボストンで日本人が音楽監督を30年近く務め上げることができたということは、全く音楽作りとは関係ない雑事に煩わされることも少なからずあったでしょうが、周りに流されることなく、そのようなことも「一旦横に置ける」内向きの集中軸が強固に存在していたという証拠でしょう。
よく「あの人は自分を見失わない人」と言うことがありますが、これは自分の意識や注意を集めるディレクションが揺るがない人という意味があるのではないでしょうか。
ハングリー精神というと、何となくガムシャラにやっていくというイメージがありますが、小澤氏にとっては、本番での演奏はもちろんのこと、普段の西洋での生活でも、そのような内向きの静かで深い集中力を使い、それを欲して心の柱?軸?にできたからこそ、異文化生活で自分を見失わずに「いろんな経験ができた」のではないかと思うのです。
音楽家として大切なことなのではと感じるのは、日常生活で「どういう意識をどこにどのように集めて生活するか」というディレクションの問題が、そっくりそのまま本番の舞台上での集中の仕方と強く結び付いていることに気付いているかどうかと思うのですが、どうでしょう。
それが「音楽=人生」という意味の一つでもあると思うのです。。。
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