Mental Coach for Classical Musician :: (9月8日から http://mc4cm.blog.fc2.com に引越しています) -29ページ目

Mental Coach for Classical Musician :: (9月8日から http://mc4cm.blog.fc2.com に引越しています)

音楽家のためのメンタルスキルを考えるブログ。メインテーマは『メンタルスキルをどのように活用すれば、本番で最善の演奏に導けるか』です。

"演奏することが怖かろうが楽しかろうが、得意だろうが不得意だろうが、たしかなことが一つあった。なにはともあれ、私は続けたのだ。"

--- ルネ・フレミング 『魂の声』 p. 30. 春秋社 (2006)



前に紹介したフレミングの言葉は、舞台に出て行くための自信についてでしたが、今回は、音楽は(芸術は?)「続けること」が何よりも大切という言葉です。


メンタルトレーニングの観点から私が注目したいことは、「続けよう」と努力して「続けた」のか、という点です。


もっと言えば、彼女の動機全体から見て、「続けなければならない/続けよう」という意識的努力がどのくらいの割合であったのだろうか、また、「続ける or 続けない」という考えを出すまでもなく「(勝手に) 続けていた」という感覚はどのくらいあるのだろうか、という点に興味があります。


メンタルトレーニングというものは、欧米の認知行動理論生まれのスポーツ界育ちですので (何度もこのように書いて申し訳ないのですが、そのメンタルトレーニングを芸術用に応用するには、その「生まれと育ち」を押さえておくのは外せません)、意識的努力に重点を置く傾向があります (というか、100%そうでしょうかね)。


しかし、音楽家の皆さんは感じたことがあるのではないかと思うのですが、音楽するにあたって、意識的努力を出し過ぎるとかえって逆効果だった経験はないでしょうか。


また、あれこれ尻を叩かなくとも、自然に、自分の心の奥底から込み上げる「何か (好きだから、という気持ちさえ認知していないかもしれません)」に任せているような時、その練習の効果が上がっている感覚を持ったことはありませんか。


それを無意識的努力と言っていいのかどうかは定かではありませんけれども。。。


私自身、今思えば笑い話で、いろいろな考えが何周も回りに回って意識では「歌はもう辞める」と言いながら、気が付いたら、練習していたアリアの鼻歌を歌っている自分がいました (笑)。。。


アホみたいな話ですけれども、「音楽=人生」ですので、人生には無意識や潜在意識がバックグラウンドで深く関わっている以上、音楽をやる or 辞めるという時にも意識に上ってこない何かが影響しているのでしょう (と言い訳いたします)。


根本的に音楽を「続ける」ために、または、自分の演奏を向上させるためにも、意識的努力はもちろん行いつつ、一方で無意識的努力のようなものを育てることも、音楽家のためのメンタルトレーニングには必要であると感じています。


「無意識的努力のようなもの」を育てるということは、意識しなくとも音楽を演奏したいという気持ちを膨らませることであり、それは同時に「自分にしかない創造力」に栄養を与えることかもしれませんね。


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