--- 高橋英郎 『モーツァルトの手紙』 p. 463. 小学館 (2007)
これは、1791年9月 (亡くなる3ヶ月前) に、モーツァルトからダ・ポンテに送ったと言われている手紙の言葉です (別の第三者が書いたという説もあるようです)。
前回引用したモーツァルトは死について語っていましたが、今回は、自分が本当に死ぬということを確信して語った言葉ですね。。。
うーーーーん、悲しすぎる。。。
私の頭の中では、彼のピアノ協奏曲23番第二楽章が鳴っています。。。でも、モーツァルトらしく、その後に続く、明るく快活な第三楽章の予感も感じますが。。。
メンタルトレーニングのゴールセッティングという手法で一番最初にする作業に、「自分の葬式を考える」というものがあります。
自分の葬式で、家族や友人が自分について語っていることを想像して、「(彼らに) どのような自分を語ってもらいたいか」を考えます。
もう自己コントロールはできない死後、自分という存在を大切な人にどのように記憶されたいかを考えることで、自分が生きているうちに (意識があるうちに) 本当になりたい人間や進みたい道に気付きやすくなるのです。
メンタルトレーニングは、認知行動理論生まれのため無意識や潜在意識を除外する傾向があるのに、この根本的なディレクションを決める場面では、死後の世界から今生きている自分を見つめることで、「死の概念」を取り入れているということになりますね。
死は最上の友であり幸運の鍵と言っていたモーツァルトですが、自分が本当に死ぬということを確信した時も同じように「幸運の前兆」だと言っています。
ゴールセッティングで「自分の葬式を考える」ことで、自分が本当に進みたい or 進むべき道が見えるということは、ここでまさしくモーツァルトが言っている「幸運の前兆」に近づくことではないでしょうか (ただ彼は自分の身体がついてきてくれないことをこの時知っていましたが)。
死 (無意識) というものは、それを感じるからこそ、よりそのおぼろげな姿に近づけば近づくほど、より自分の生 (意識) の価値を具体的に感じることができるということなのかもしれません。
バレンボイムは「音楽は無から生まれて無に終わる。無は静寂である。」と言っていますが、静寂 (死) を知ることは音楽 (生) を知ることと深くつながっているのかもしれませんね。
モーツァルトの手紙/高橋 英郎

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