--- カンディド・ボンヴィチーニ 『ルチャーノ・パヴァロッティ』p. 24. 音楽之友社 (1993)
ここでの「あんなふうに死を直面した」というのは、1947年、彼がまだ12歳の時に原因不明の病気で昏睡状態に陥り、医者が声をひそめて親に「お子さんはもはや天国へ行く運命です」と言っていたことなど「皆、ぼくには聞こえてないと思っていたらしいけれど、ぼくはひと言ももらさずに聞いていた」のだそうで、死の恐怖に包まれながら「あのときは (死神と) 必死で勝負しなくてはいけない気がして、ぜったいに勝たなくちゃって思った」ということを指しています。
パヴァロッティって12歳で臨死体験していたんですね。
あらゆる一流の音楽家が「音楽=人生」と言っていますが、このパヴァロッティの言葉もそれを裏付けていると思います。
試しに、この引用文のなかの「生きる」を「演奏する」という言葉に変えてみてください。スムーズに読めると思いません?
パヴァロッティから音楽家に向けた「演奏のためのメンタルのあり方」のアドヴァイスに聞こえてくるのは私だけでしょうか。
私たちが、心の底から音楽に熱中したり全力投球したり、音を大切に大切に「自然に出す」ヒントが隠されているような気がします。
「(演奏する) ことを許されたのだから、精一杯心ゆくまで (演奏して) やろう」と心底思える時、その思いは何かしら音に反映しているのでしょう。
技術がないと、出せない音というのは確かにあります。が、その技術の習得や発揮にはメンタルが大きく関わっています。
ルチャーノ・パヴァロッティ―友人が語るその素顔/カンディド ボンヴィチーニ

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