--- 奥田昭則 『母と神童』 p. 218. 小学館文庫 (2001)
これは、1997年8月「アスペンミュージックフェスティバル・イン兵庫」の公開レッスンのためにドロシー・ディレイが初めて神戸を訪問し、その時の宿泊先のホテルで語った言葉です。
彼女は、芸術をエネルギーで感じ取っていたのですね。。。芸術エネルギーの色が見えた人と言っていいのかもしれません。
ディレイは、目には見えないけれども自分の内外に存在している「エネルギー」の質やその感受性が演奏芸術に直接関わっていると考えていたのでしょう。
実際のレッスンでも、音の質や表現の問題をエネルギーの観点から捉える「エネルギー・リスト」という一覧表と、主に技術事項を扱うレッスン診断用「チェック・シート」の2つを分けて活用していたそうです。(メンタルコーチの私としては「エネルギー・リスト」はメンタル用、「チェック・シート」は技術用として使っていたのではないかと考えています)
ディレイという人は、日頃から日常のモノを芸術エネルギーとして捉える習慣?があったのでしょうか。「宿泊先のホテル」で、一見何でもないものに芸術エネルギーを見つけ出すことができるのですから。
これは、彼女はどんな時でもどんなところでも、芸術エネルギーの色を感じ、感じようとし、感じることが本当に好きになっていたということを意味しているのではないでしょうか。またそれは、音楽家として必須の感性かもしれません。
ディレイの、生徒自身の内面にある「芸術エネルギー」の質を見極める力もその延長線上で鍛え上げられていったような気がします。
このブログで前に紹介した、ディレイ門下の女流ヴァイオリニストのナージャの言葉は、このように芸術エネルギーの感受性溢れるディレイのような先生に何年も教えられていればさもありなんと妙に納得しました。
私は、音楽家のためのメンタルトレーニングの目指すべきものとして、自分の奥深い「エネルギー」をどこにどのように集めどこに放出/解放するかという「集中ディレクション」の充実が演奏の充実につながると考えているのですが、このディレイの「芸術エネルギーの感受力」は「集中ディレクション」の起点の力として考えられると思っています。自分の中にある「芸術エネルギーの起点」として。
母と神童―五嶋節物語 (小学館文庫)/奥田 昭則

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