ネパールでの出産 | くじゃくの王さまin ネパール

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結婚生活7年目。だんなさんはネパール人。
ふたりの子どもたちと一緒に成長中。

なんだか前回の分、改行がうまくできてなくて
ものすごい読みにくいですね・・・ごめんなさいガーン

気を取り直して、と。

前回も書きましたが、娘はネパールで出産しました。

「案ずるより産むが易し」


を信じ、初めての出産を未知の、しかも言葉も分からない国でするということを
完全になめていました。
もちろんお医者さんは英語が話せるので、検診の際にとてつもなく困るということは
なかったのですが、いよいよ生まれるかもという日にダンナさんの妹(ネパールでは
友達でも親しければ「妹」になりえるらしいです)の結婚式があり、ダンナはお出かけ・・・
夕方痛みが強くなり、ダンナのお母さんと叔母さんと病院の救急へ向かいました。
出産予定日は過ぎていたので、そのまま入院することに。
ダンナは駆けつけて来てくれたものの、「今すぐは生まれない」という救急の人の言葉を聞き
「お母さんも叔母さんもいるから大丈夫だろう」とまた結婚式へ戻りました。

病院というと、消毒されてピカピカの、色でいうならば「白」のイメージが
ありましたが、「白」くないんです・・・これは検診の時から感じていました。

まず、「ここにいて」と連れて行かれたお部屋(20畳ぐらい)には10人ぐらいの
妊婦さんがベッドの上で待機中。それぞれの妊婦さんの家族がワイワイしていました。
それまで入院経験がなかった私は「いわゆる大部屋ってやつね」と思っていました。
でも、「はいー、ちょっとお腹の音聞かせてー」と看護士さんがおもむろに
服の前を開けようとしたので、びっくり!!
「えっ!!カーテンとかはないんですか??」
「じゃあ」と言って布が付いてる囲いを持ってきてくれたのはいいけど、
ちっちゃ過ぎ!!全く隠れてませんがな!!
ただでさえ外国人ということで凝視されてるのに!!
なんとか分かってもらえたらしく、
「はいはいー、じゃ検診するから男の人は出てってー」と少し人数が減りました。

さらにびっくり!!したのはお手洗い、そう、トイレです。
(食事時の方はここの段落飛ばしてください。)
ネパールではみなさんあまりトイレットペーパーを使いません。
便器の横に置いてあるバケツまたは蛇口のお水で洗って
きれいにするんだそうです。
「手だって紙で拭くよりお水で洗った方がきれいになる」
と言われれば、なるほどと思うのですが、私は紙で育ったので
かなーり抵抗があります。なのでお家から紙を持ってきて
もらっていました(一応トイレットペーパーは売ってるのです)。
が、しかーし!!
水洗トイレの水が流れなーーーーーーーい!!!
しかも便座の両側に足跡が・・・
座れなーーーーーーーーーい!!!
そんなこんなで「トイレに行きたくない」、
さらには「食べたり飲んだりしたくない」
と私が言い始めたので、「食べないと産む元気がでないよ」と
後で叔母さんが逆サイドにあった職員用のトイレを見つけてきてくれました。

さて、夜も深まり、痛みもだんだん増すばかり。
もうそろそろ生まれておくれ・・・
でも「今晩は生まれそうにないわね」という看護士さんの容赦ない言葉が・・・
さらに、お泊りの人数が多いと言われて、ダンナのお母さんは(その時体調が良くなかったので)
翌朝来るということで帰ってしまいました。そして私のベッドに叔母さんAが眠り、
私は分娩台の近くのベッドに移り、叔母さんBも心配だからと言ってついてきて
くれました。
夜中お腹は痛み続け、朝を迎え、ダンナのお母さんが来てくれた頃には
ベッドの格子にしがみついてウンウン言っていました。
もうこの辺になるとあまり記憶もない程必死だったのですが、
「まだ頭が下がってきてないから」とお医者さんは言い、
若い看護士さんを一人つけてくれました。
「陣痛の間隔を計って、近くなってきたら呼んで」といわれた
その若い看護士さんは「OK」といったくせに
陣痛の間隔を計ってくれる気配もなく「どこから来たの?」と
私に聞き始めました。
「日本よ」と答えたものの今あなたとその話をしている余裕はないのと
どんだけ言いたかったことか!

そしたら隣のベッドに急患が運ばれてきて
なにやらお医者さんが何人も集まってきて
「この人もう生まれるわよ!」と。
そして、その人が先に分娩台に乗りました。
あれよあれよと言う間にその人の赤ちゃんは生まれ
出産後のお母さんをすぐに移すわけにもいかないと
私は分娩台待ちの状態に・・・
もうこうなったら、このベッドの上で自力で産んでやる、そう思いました。

この頃にはもう勝手に体がいきみ始めていて
やっと気づいてくれたお医者さんが
「もう頭が出てきてる」・・・
看護士さんにいろいろ指示してくれ、やっと分娩台に乗ることができました。

こうして娘はお昼過ぎに生まれました。
生まれた直後に看護士さんが娘の両足首を持って
釣り上げられた魚のように私のお腹の上に乗っけてくれたのが
とても印象的でした。かつおの一本釣りのように、こう、びよーんと。
そこにいたみんなが口々に「なんて白い赤ちゃんなの!」と
言っていました。確かに娘は真っ白でした。

ダンナは娘が生まれた直後に病院に到着。
私が産後の休憩で眠っている間に娘を抱いて
みんなに見せびらかして回っていたようです。

産後はダンナのお父さんが気を遣ってくれて
二人部屋を取ってくれました。
ネパールでは生まれたその日から母子同室で
同じベッドで寝ます。極力ミルクはあげず、
母乳をあげます。
初めての授乳。赤ちゃんの抱き方もぎごちなく、母乳をあげる角度も
ままならず、お乳もいきなり出るわけじゃない。
看護士さんと叔母さんたちにギューギューしぼられ、
痛い痛い!!
「ジョアヌコ ロス(ジョアヌという種のスープ)を飲むとお乳が
 たくさん出るようになるよ」と知り合いのおばさんが
スープを差し入れしてくれたんだけど、苦くて飲めませんでした・・・
でもダンナのお母さんがお家に帰ってから牛乳を入れると
苦くないからと作ってくれたジョアヌコ ロスはとってもおいしくて
それから毎日飲んで、お乳もたくさんでるようになりました。

そうそう、私がわがままを言って出産の次の日にお家に帰りました。
もちろん娘も一緒に。
縫った傷のこともあるし、もう少し病院で安静にしておいたらと
看護士さんたちは言ってくれましたが、もうほんとうに
ホームシックになっていたので。勝手に溶けていく糸だから
抜糸は必要ないってことだったし。
今思い出すと無茶したもんだと思います。
まあ、娘も無事生まれたし、なんだかんだ言っても


「案ずるより産むが易し」


です。(←まだ言ってる。)
でも、二人目は日本で産みたーい!と切実に願い、
高知県で産みました。えへ。ニコニコ