STEINS;GATE─シュタインズゲート─ 円環連鎖のウロボロス/海羽超史郎 | ※この現実はフィクションです。

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                                                    物語の核心に触れる記述を含むことがありますので、閲覧は自己責任でお願いします。

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ネタばれ注意。

とても良かった。大衆向けサイファイ作品の可能性を見た。サイファイとは言いつつも、世界観(ルール)を作中で作り上げ、それに従って謎解きやロジカルな展開が繰り広げられるため、物理学に知識のない人間でも安心して楽しめる。最低限の物理用語は出てくるが、できる限り分かりやすく、丁寧に読者に説明しようという心意気が見られて好感触。一方、知識がある人が読めば、「ああこれはあのことだな」というふうに、内容の示唆するところが推測できるような書き方でもある。ジョン・タイターとか、SERN(CERN)とか、LHCとか。

だが反面、少し知識がある人が読めば、かなりのトンデモであったり、曖昧にされていたり、分かりにくいことが多々あったりすることにも気づく。大衆向けとは言えど、(原作が)空想科学ADVを語っているのだから、もう少し頑張って欲しかった、というのが本音。

クリスの論文ではニューロンの電気信号のパターンを解析して、それをデータ化することに成功した、ということになっているが、ニューロンの情報伝達における神経伝達物質のことを完全に無視している。

また、エヴェレットの多世界解釈によれば、過去を改編した場合、世界は一つに集約するのではなく、改変された場所から新たな世界へと分岐していくだけである。
つまり、主人公の岡部が過去を改編した場合も、いま岡部たちがいた世界はそのまま残る。その世界でまゆりが殺されれば、その世界ではまゆりは死んだままである。本編でもその問題に触れていないわけではないが、はぐらかされている。そもそも、その可能性を危惧しているのならば(危惧していないとおかしいのだが)、他の世界線の自分は悲劇を回避できても、いまその世界線にいるのは紛れもなく「自分」であり、「自分」は犠牲になるわけであり、そのことに関する葛藤が発生するはずである。また、後になって他世界線の記憶を持ち越す能力、リーディングシュタイナーは誰にでもあるのではないか、という結論寄りに落ち着くが、そうなるとやはり無数にある世界線は可能性でしかなく、オンである世界線は常に一本で(主観でなく、全世界線を観測できる立場から見て)、過去改編を行うたびに電車の線路のように、オンである線が変わっている、というふうに考えた方がしっくりくる。なぜなら、無数にある他世界線の記憶を共有できる能力=リーディングシュタイナーよりも、「自分」はたった一人で、過去改編前に自分が走っていた線路の記憶を持ち越せる能力=リーディングシュタイナー、と考える方が自然だからだ。もし能力の内容が前者なら、作中で主人公たちが体験していない世界線の意識も共有できていないとおかしい。

フィクションである以上、必ずどこかで嘘や不透明な部分が出てくるのは当然であり、また、整合性と外連味が対立した場合、外連味を優先するというのは仕方がない。だが、それにしても、サイエンスフィクションのサイエンスの部分があまりにお粗末すぎるのではないかと私は思う。

また、このリーディングシュタイナー、世界線の設定だと、まゆりは生き地獄だ。ラストでクリスが前の世界線でのことを思い出したのだから、まゆりが思い出さない道理はない。(思い出しかけている描写がある)この問題と、前述した、他世界解釈を完全に採用すると、「自分」を犠牲にしなければいけない、という問題を解決する手段として、序盤で他世界解釈を破棄してしまえばいいのではないかと私は思う。オンである線路は一本であり、オフの線路は、電車が走る可能性がある、ということにしたらどうだろうか。これで自己犠牲への葛藤は無くなり、リーディングシュタイナーの能力も分かりやすく、過去改編前の記憶を持ち越すこと、になる。

また、ラストは映画「バタフライエフェクト」と同様であるべきだと思う。リーディングシュタイナーは岡部限定の能力であり、クリスの記憶は戻らない。映画「バタフライエフェクト」では、最愛の人と街ですれ違って終わるが、今作は一から関係を築いてもいいし、それっきりでもいい。一から関係を築く場合、クリスにリーディングシュタイナーはないのだが、何かキーワード的なことを少しだけ漏らされるのもベタでいい。ただ、それはリーディングシュタイナーは前提として否定された上でのことであるべきだ。
ラスト、もうひとつは全員忘却エンド。岡部がリーディングシュタイナーの能力をなくすことで、すべてが0になる。そこに運命的なめぐり合わせでクリスが再びラボメンに加わり、エンド、というのもいいかもしれない。

ひとつ分からないのは、ラストシーンで岡部の壊れた携帯に着信が入るくだり。この世界線には、タイムリープマシンはなく、鈴羽もタイムマシンと共に去り、電話レンジも解体された。唯一、未来と繋がっている岡部の携帯を完全に消し去ってきれいに終了、という流れが最もきれいなはずだ。実際、胸ポケットの携帯電話が刺される、というのは偶然にしては出来すぎであり、これも運命であるように感じる。だが、すべての痕跡を消し去ったはずが、その壊れた携帯電話にわざわざラストで着信を残す、というのはどういう意図か?
よく分からないが、ひとつの可能性として、まだ物語は終わっていない、ということの暗示とは考えられないだろうか。すべてきれいに消し去ったつもりだが、まだ逃げ切れない、ということの示唆かもしれない。

それと、これは個人的なことかもしれないが、クリスの良さがいまひとつ分からない。まゆりエンドを希望してしまう。アニメは最終話を残してすべて見ているが、まだ原作をやっていないので、原作のほうに期待したい。