先日の当直中、朝6時ころ病棟看護師から連絡がありました。

 

「○○さん、お通じが出た後に血圧が下がったみたいです。ちょっとボーっとしています。一応報告しておきます。」

 

 

○○さんは精神遅滞、てんかんの患者さんで、興奮しやすく、幻聴などに伴う不穏もあるため向精神薬も長期にわたり内服しています。短い言葉は話せますが、普段から適切に自分の意思や自身の状態を表出できない患者さんです。

 

 

さて、こういう時に一番最初に疑われるのが迷走神経反射です。排便などをきっかけに、副交感神経が優位になり一時的に血圧が低下し、意識障害を呈する。高齢者などでは比較的よく認められます。大体は臥床させ、下肢を挙上し安静にしていれば比較的短時間で回復します。あるいは、てんかんの持病があるため、それによる発作やけいれんの可能性もあります。ですがそうであればむしろ血圧は上がることが多いです。

 

 

 

この日は違いました。

コールがあって、病棟で診察すると、発汗、意識レベル低下に加え、血中酸素飽和度(SPO2)の低下を呈していました。

血圧を測ると、測定できず。いわゆるショック状態です。

 

すぐに酸素投与を開始し、点滴を入れ、輸液を全開で落とし、血圧の上昇を試みます。

心電図検査を施行しましたが、心筋梗塞などの所見は認めず、脈も40回/分程度の洞性徐脈のみ。

視診にて胸郭は上下しておりましたが酸素マスク大量投与にてもSPO2は改善せず。

 

そこで経鼻的に喀痰吸引を行うと、喀痰とともに大量の透明の液体が吸引されました。

昨晩から水分も食事もとっていないのにもかかわらず、経鼻胃管を留置するとなんとすぐに800mlもの流出が。

 

結論としては、麻痺性イレウス(腸閉塞)を生じ、蠕動微弱にて、摂取した水分などが下部消化管方向に進まず停滞し、嘔吐とともに気管に誤嚥し窒息しかけていたのだと考えられました。ベッドサイドに嘔吐跡がなかったため即座には気づけませんでした。

幸いに、その後の処置や治療により、一命をとりとめ、現在は活気を取り戻しております。

 

 

 

一般的に抗うつ薬や抗精神病薬などの向精神薬は副作用として便秘を引き起こしやすいです。最近の薬は、こういった副作用がだいぶ少なくはなってきましたが、古くからある向精神薬を長期間かつ多剤多量を服用されてきた患者さんは、慢性便秘を併発していることが多く、長期間の便秘により腸管の神経叢が変性を来し、蠕動運動がさらに微弱となったり、巨大結腸になっていることもあります。また精神疾患の患者さんは運動不足になることが多く、腸管への運動による刺激が少ないことからも便秘を引き起こします。そして精神疾患の患者さんは、自分の状態を言語にて適切に表現できないこともあります。ですから、常に医療者側で十分な観察をしていなければならないのです。

 

○○さんのケースでは、前日も前々日もある程度の排便は確認でき、嘔吐などの症状もありませんでしたが、それでもこういった事態に陥ることがあります。

 

 

病棟からのコールに対して

「たぶん迷走神経反射だから、ちょっと様子を観て」と安直な対応をしていたら、患者さんは命を落としていたかもしれません。

 

百聞は一見に如かず。

何か異変があった場合は、必ず自分の目で状態を確認することが大切です。