(つづき)
後輩のBさんは、真面目で仕事に対する責任感も強い方なのだそう。
自分のやるべきことはきっちりこなす一方で、チームの仲間が同じように動かないことに不満を抱き、上司のNさんに「指導した方がいいんじゃないですか?」と言ってくるそうです。
けれど、人にはそれぞれのペースがあります。
興味のあることから手をつける人もいれば、自分のタイミングで動くタイプもいます。
Nさんはそれをよく理解しており、個々に合わせて指導しているのですが、そうすると納得できないBさんは「なぜかばうんですか?」と。
Nさん:かばっているわけじゃないのに。彼女の言い方が気になって…。
う~ん、それって、解放する必要があるのかなあ?
Nさんにはあまり関係のないような気がします。
私:でも、まあ、せっかくいらっしゃったのだから、視ておきましょうか。
リーディングで見えてきたのは、中世ヨーロッパの過去世でした。
母親は敬虔なクリスチャンで、毎週欠かさず幼いBさんを日曜礼拝に連れて行き、熱心に祈りを捧げます。
そして、Bさんに「人はこうあるべき」「人はこうしなければならない」と言い聞かせるのです。
その教えは彼女の中で強い「信念」となり、「人は責任をもって生きるべき」「人たるもの、こうあらねばならない」という制限をつくりあげていきました。
それが今世でも続き、自らを律し、周りにも同じ厳しさを求めてしまうのです。
ここまで視たとき、突然、当時の母親が現れ、「マサコさん、娘(の解放)をお願いします」と頭を下げてきました。
かつて母親が「正しいと信じた教え」、それが今もなお娘を縛り続けている。
それを解放してくださいと。
書き換えのストーリーは……
礼拝に少し年上のお茶目な女の子(Cさん)がいました。
礼拝の最中にこっそりアメを差し出してきて、自分も口に入れて笑っています。
「え? そんなことしてもいいの?」と驚くBさん。
「内緒よ!」と目配せしてくる彼女。
礼拝で会うたびに節度を乱さない程度に自由に振舞っているCさんに、次第に感化されていくBさん。
やげて家同士の行き来が始まり、Bさんの母親も、Cさん同様にお茶目で明るいCさんの母親と関わるうちに心がやわらぎ、少しずつ「人としてこうあるべき」という縛りから解き放たれていくのでした。
CさんはNさんの過去世ではなさそうです。
この方は今世でBさんの姉妹に転生しているのではないかと思いました。
私:bさんには姉妹がいますか?
Nさん:わからないです。
でも、Nさんでないことは確かです。
というわけで、やはりBさんの過去世にNさんは登場していませんでした。
Bさんの当時の母親が、娘を助けてほしいという切なる願いで出てきたのでしょう。
私:私たちが今、過去世の「解放」をやっていたので、今がチャンス!とばかりに割り込んできた感じですね。笑