お知らせ
自動書記で描いた「世界でひとつの曼荼羅たち」は
目を見張る作品の数々です。
是非、ご覧くださいね!
(つづき)
人生がどん底だったとき。
毎日通勤で通る道なりの家の庭に
四季折々の花々が咲いているのを見て
癒されたものです。
その家の人はおそらく
ガーデニングが好きでやっているだけでしょう。
道行く人のためにやっているわけではないと思います。
それでも、私のように癒される人がいます。
こんなふうに人々が
淡々と日々の生活を行い
人生を生きているだけで
知らないところで誰かが救われている。
「だから、生きていくということは
それだけで価値があると思うの」
5次元マサコの放つ言葉のひとつひとつを
Mさんと一緒に
噛みしめるように聞いている3次元マサコ。
ははあ・・・!
これを言わせるために
Mさんが突然来るように仕向けたのね?
さらに。
「じゃあ、
亡くなったお姉さんのメッセージを聞いてみましょう」
とSENさんを誘導すると・・・。
お姉さんからは、
「あのときが自分の寿命だったの。
最初から決まっていた」
とのメッセージが・・・。
そして、Mさんに対して、
「今生、妹でいてくれてありがとう。
幸せだった」と。
「あなたの死を悲しんでいる妹さんに
伝えたいことがありますか?」と聞くと、
「共に過ごした日々を
悲しい記憶にしないで、
あの時楽しかったねって、
そんなふうに思ってほしい」
ああ・・・・
この言葉・・・。
思い出しました。
ちょうど2年前、
講座にいらした生徒さんが
あるマンガを持ってきてくれました。
『ペットの声が聞こえたら』
(塩田妙玄 原作)
普段、漫画は読まないのに、
なぜかこの本だけは読みたくて
購入したのだとか。
原作者の妙玄さんは僧侶で、
心理カウンセラーもなさっています。
漫画の内容は、
妙玄さんが動物保護施設でのボランティアを通して
ときどき聞こえたり、
頭に浮かんだりする動物たちの気持ちや言葉、
そして、
ご供養のときに起こるさまざまな出来事のお話です。
第2話には、人生の一時期を共に過ごした、
シベリアンハスキーの「しゃもん」という犬との
最後のお別れの場面、
そして、亡くなった後の悲しみが描かれています。
ペットロスになって泣いている彼女の前に、
「しゃもん」が現れ、こう言うのです。
「ぼくを思い出すときには、
泣かないで、笑って。
ぼくとの思い出を
つらいものにしないで」
と。
(ここから読むことができます)
今思えば、
一年後には同じ状況を迎えるであろう私のために
ワンちゃんが生徒さんを使って
この漫画を読ませたのだと思います。
この日、
生きることの素晴らしさや
肉体がある間にしかできない経験のことを話し、
Mさんを励ましているつもりが
実は私自身をも励ましていたようです。
なぜなら・・・。
Mさんが帰られたあと、
少し気持ちが軽くなっていましたから。
そのことを報告しようと、
遺影のワンちゃんの写真を見たら・・・。
「ママ!
(私が言いたかったこと)
わかった?」
なるほど。
私が毎日泣いていたので、
そういう強硬策に出たわけね。(笑)
でも、つくづく・・・・。
ワンちゃんに愛されていたんだなあ、私。
どれだけの愛をもって
私のそばに居てくれたのかと思うと
涙ぐんでしまいました。
亡くなる3年ほど前からでしょうか。
散歩の折に、ワンちゃんが
ふと歩みを止めることがありました。
「ん? どうしたの?」と言うと、
私の顔を見上げ、
鼻先で軽く、ツン!と私の足をつつき、
再び歩きはじめる・・・・
ときどきそういう仕草をしていました。
(ママ! 大好き!)
その愛情表現に
胸がいっぱいになったものです。
実は・・・・。
ワンちゃんは
先月半ばに私が京都へ行ったときにも
思わぬ場所で姿を現したのです。
(つづく)
姉妹版ブログ
『聖なる樹のヒプノセラピー物語』も読んでね!