何もせず、何もできず、東電の清水社長は消えてしまいました。



この状況でリタイアしてしまうということは、経営トップに必要な体力やメンタルタフネスをもともと持ち合わせていなかったということですね。



こんな人を社長にした会長にも大いに責任がある。



まあ、諸々の責任問題は、少しは事態が収束してからか。

今日はこの情報で東電株がストップ安に。



官房長官は否定したが、確かにこの様な議論はずいぶん先になされる話だろう。



電気事業は一定の収入が確実であり、先を見通せる分、どれだけ補償や原発対策費用がかかろうと、ギリギリまで東電単独での再建が模索されるはず。



ただ、原子力の今後についての議論によっては、原子力部門の国有化、それが全電力に及ぶとか、そもそもアンバンドリングを行うという話にもなりかねない。



正直、意思決定の遅さや、責任意識やリーダーシップの欠如が目に余るこの業界の体質を変えるには、これぐらいのパラダイム転換が不可避なのかもしれない。



話は変わるが、日経ビジネスでは、災害対応を迅速に行った企業の事例が多々あった。

経営トップの価値観や判断力の素晴らしさ、また過去の失敗の教訓が、キーになっていると感じた。



どうやって、この域に近づけるのだろうか・・・。
以前読んだ本を読み直している。

「日本の経営」を創る 社員を熱くする戦略と組織
三枝匡 伊丹敬之
日本経済新聞出版社
(iPhoneからなのでリンク貼れず)

以下は、人が育たない会社の典型だろう。

事業撤退・整理のような後ろ向きの業務ばかりで新事業は皆無。

組織はフラット化を志向しているというが、その分ミドルが担当分野を深く理解できておらず、適時適切な判断を下せていない。

また、戦略面でも現状の延長では縮小均衡が明らかであるにも関わらず、楽観的で根拠のない見通しを立てるほどに、外部環境への認識が甘い。

グループ会社の売上・利益は縮小を続けているにも関わらず、本社主導で改革を検討するどころか、「各社は自主自律の経営を」などとピントのずれた発言が出てくる始末。

市場のなかでの成長を志向していない。

誰も言葉には出さないが、このままでなんとかなる、と経営陣や多くの社員が思っているような気がする。

働く人間の成長が、これでは実現できない。育つ場が無いのだ。成長しない企業は、社会にとってはもちろんのこと、人材育成においても問題である。

上記書籍を読み直し、改めて思う。

何とかしないとやばいよ。

原子力産業・政策、電力業界というよりも、東電自体の責任・非を問う状況になりつつあるような。

情報がありながら作業員被曝を回避できなかったこと、これは過去に東電にて繰り返されてきた情報操作・隠蔽の延長上にあると思われて仕方ない。

また、東北の女川原発で重大な問題が発生しなかったことは、電力業界全体の問題というより、東電個社の責任を際立たせる。

これ以外に、災害からの復旧に向けた対応も、指揮命令系統の機能という点では、東北の方が東電より適切に行われているようだ。

過去、様々な場で福島の設備や対策の不備を指摘されていながら、対応してこなかった事実も明るみになっている。

想定外では済まされない、これまでの経営の責任を問われる厳しい状況ではないか。

これから経営陣がどのようにその責任に言及していくのか、発言の内容や様子次第で、この会社の未来・方向性がある程度見えてくる気がする。
会見を見ていると全く期待はできないが・・・。





福島原発の動向は日々気になるところですが、同じく気になるのが、東電の今後。

経営責任はどう問われるのか。
また、立地地域への補償、新たな電源確保、火力の復旧、火力焚き増しによる燃料費増加、原発廃炉など数々の負担増にどう対処していくのか。

一方で、原子力発電の国策化など、業界全体に波及しかねない問題もある。

東電固有の問題と、業界全体の問題を分けて考えることが重要だろう。

特に、東電の原子力運営は他社と何が異なっているのか、また経営に関しての問題は何であったのか、考えなければならない。

電力産業のあり方、経営が根本的に変わる大きな転換点かもしれない。