本日より、5日間の盆休みに入った(勝手な休暇取得)。
娘のお出かけ訓練の一環で、本日は札幌近郊の道の駅・公園などに出かける予定。
で、こんな時間にPCと向き合えるのも久々なので、今思うことを残しておきたい。
もう年齢的に別の可能性を模索する限界が迫る中で、色々と考えている。
いつものことではあるのだけど・・・。
以前は、「経営学を学んだ経験を活かして、しかるべきキャリアに・・・」という考え方が少なからずあったのだが、決して意欲低下とかいう意味ではなく、そういう思いがなくなりつつある。
個々の仕事内容に対する不満を上げてもきりがない。一つ一つの実務が、納得いく状況がいつも続くなんてありえない話だ。それよりも、できる限り多様な経験を積むことで、自分を客観視する、どのような環境でも努力し成長を目指せるようになる、そうした心もちで日々望むことが何より重要であると思っている。
と意欲的な話に見えるが、これは経営学を大学院で学んでおきながら実質社内失業のような日々を送ったことのある頃より、現実が少しまともになったから言えることかとも思う。
やはり「若いうちに小さな組織であっても経営経験を積みたい」という、大学院修了時の思いはなくなりはしない。これができないから、日本の組織も、自社もだめなんだ。だけど、あきらめではないがこれはもうとてつもない外圧に起因するパラダイム転換が起きない限りとうてい実現しないのだと、一企業の中枢に近いところで働いている自分には十分わかりつつある。あきらめたくはないが、あまりに実現までの道が遠すぎる。
あきらめというより、最初からどうにもできないことを言っていたのではないかと。
過去、本ブログでも自社組織の「内向き」さ加減について書いたことがある。
これだけ、震災後に自社周辺環境が大激変している中で、やはり何も変わっているようには見えない。
怒りというより、自分にとってはもう呆れ・嫌悪にも近い感情になっている。
本当に外圧によるパラダイムの大転換があるかもしれないのに、まだ今までと同じことをやっているんだから。
危機対応も、完全に今までのロジックベースでやっているのだから、もう救いようがないとさえ思える。
話は変わるが、最近特に思うのが、「自分の子供に自分の仕事を何と説明できるのか」ということ。
今のままでは、子供に嘘を伝えることになる。
働くことが生きることの大半・中心である以上、自分を通じて生きることの意味を子供に見せる・伝えることなど、このままでは到底できない。
いったいどうすればいいのか・・・・。
考える・動く時間自体が日々少なくなっている中で、焦りばかりがつのります・・・。