もつれるだろうとは思っていたけど、本当に7戦まで行くとは。

野球ファンにとってみれば、非常に盛り上がれるのでありがたい。


今日も岸はすごかったですね。

日ハムはクライマックス第2戦で見事攻略できましたが(生で見ました)、

今シリーズはまるで別人のような安定感。

チェンジアップ、カーブの使い方が絶妙。


ただ、岸を今日使ってしまったというのは西武にとっては痛い。

明日の先発は西口か石井しかいないので、先発を中盤以降に引っ張ることは難しい。

今日のような3点差の試合で、基本のリリーフ陣を使えなかったのは痛すぎます。

今日以上の重圧がかかる点差・場面で、彼らは果たして機能するのか?

見事に全員が不安定な要素を抱える状況だけに。。。


明日の西武の勝利パターンは、序盤に大量点差をつけるしかないと見ます。

一方巨人は勝っていても負けていても、少ない点差なら十分勝機がありそう。


やっぱ巨人有利かなぁ。





まずい。

変な時間に起きるサイクルがすっかり定着してしまった。。。


朝っぱらから論文やってます。

そして朝から1枚書き終えて順調といえる。

結局1週間強で13枚書いたんで、いいペースですね。

以前に比べ気乗りしないと思いながらも、

無理やりやっていると結構書くことが浮かんできます。


11月は来週から調査・発表・帰省と立続けに予定が入っていて

正直当初定めたペースで書き上げるのは難しいかもしれない。

ただ、それでも1ヶ月で40枚は書けるんじゃなかろうか。


当初は60枚前後になるかなぁという予想でしたが、

本論をいざ書いてみると思ったより少ない感じ。

おそらく仕上がりは50前後に落ち着くでしょう。


11月に大半が書ければ、とにかく12月は楽になるので

なんとかこのきつい月を乗り切らなければ。

続きです。

戦略とは誰が考えるものなのか、という話です。


・戦略は現場が決めるものではない
  「立地」「構え」「均整」が分かるのはだれか

・事業責任者の戦略不全が企業の戦略不全を引き起こす

  トップは静観、ロワーはどうなるかを知りたい

  しかし、事業責任者は日々の業務責任に追われる

・戦略は不在ではなく不全(機能しているか否か)

  トップ人材の選択と集中ができないから、

  掌握範囲の細切れが置き、戦略不全となる

・戦略は人(経営者の頭の中)に宿る

・戦略は受動的なもの(予想外の展開にどう対処するか)

・人の考える戦略は、観・経験・度胸に基づいて決定される

・戦略の本質は、「為す」ではなく「読む」


戦略に関して、決めるだけでなくそれをいかに実行するかが大事だというのはよく言われること。

しかし、この本で言われているのは少し異なる。

決めるだけでなく、むしろ実行の過程にこそ戦略の本質があると言っている。

ミンツバーグも同じ考えですね。彼もサイエンスではなくアートであることを強調していました。

そういった視点でMBA批判もしている。


戦略を構想する上で求められる条件のうち、「観」は教育に基づくもの、教養であると言っています。

その点から考えると、経営を大学院で学ぶことの意味とはこの「観」を養うことではないかと思えます。

もちろん、大学院で知識・思考力を高めるのは当然。ただ、それだけが突出して優れた経営者になれるのであれば、MBAをとれば皆そうなれるはず。ところがむしろ「害悪」とすら言われるほどである。


著者が「観」として挙げる事業観・人間観・世界観・歴史観、そういったもののを形成する過程として、MBAで学ぶことは非常に意味があるのではないのかと思う。

だから、MBAはそういう場であるべきだと思うし、実際そういうことができているところは少ないのではないか(その点、私の学んでいるところはしっかりしていると思う)


戦略は人に宿る、という考え方は非常に重い。

学んだら終わりじゃない。これまでの経験、そしてここで学んだことをベースに自分自身の観を作りあげなければならない。

これからも現実と理論の往復運動は常に必要になりそうです。

最近日付をまたぐ時間帯に寝てしまいます。

大体4時間前後ですかね。

そしてこんな時間に自然と起きて、パソコンを叩く日々が続いている。


こんな乱れたサイクルの影響もあるんでしょうか、

若干ですが日々取り組まなければならない論文に対し、

モチベーションが落ち気味になっている。

精神的に少しだけ「つらいなぁ」という感じになってます。

はっきり、何かのせい、といえる感覚でもないんだけど。


つい先日は、「書くのが楽しくなってきた」だったんですがね。

決して、飽きた訳ではないと思う(苦笑)

また、先が見えない訳でもなく、むしろよーく見えすぎているくらい。

まさか、見えすぎてつまらなくなったのか???


昔から、バイオリズムって絶対にあるよなぁと自覚するタイプです。

単に体調管理の問題だけかもしれないんだけど、

明らかに自分の中に波があるのを感じられる。

基本的に、精力的に取り組んでいたものへのやる気がぐっと落ちるんですね。

だからよくわかる。

後にそれが上向きに変わったりするので、なおさらよくわかるわけです。


さて

今は底だから無理しないほうがいいのかな。。。

先日の書籍の続きです。


一般的な認識にメスを入れつつ、戦略の本質に迫る良書です。

筆者の言う戦略の定義、不可欠な要素を第2章まででまとめます。


・長期的に成長する

・成長が「目的」にならない

  表向きの低収益率の売上成長に意味なし

・人が苦労して統合の経験を経て可能になる「アート」である

  マトリクスに拠るサイエンス思考の批判

・「立地(ポテンシャル面での大きさ・競合がいない点でのユニークさ)」の選択
  どの事業(企業)もいつかは必ず廃れることが前提

  立地替えを可能にするのは、変化を容易にする機動的企業ドメインの定義

・「構え(オペレーション・垂直統合・多角化・地域展開)」の選択

  業界の常識を覆すことで独自の利点を活かす

  シナジーの幻想に惑わされない
  (技術や資源発想は単純・自明ではないものを追求)

・「均整」をとる(ボトルネックを考慮する)

  何かを突出させても、何かに欠陥があれば戦略は機能しない


今書いている論文について示唆を得られました。

自分の論文の方向性は、既存の枠組みにとらわれない新たな解釈を示せているなということです。


自分は多角化戦略の分析を行っているので、かつては「多角化=シナジー」という観点で、既存の各学派に基づくアプローチを無理やりにでも当てはめようと考えていました。
その時抱いていた「無理やり感」という違和感が一つ解消された気がします。

(以前の発表時、講評で「おれはシナジーって言うのはあんまり好きじゃないんだ」と言ってくれた他ゼミの先生のお言葉、今となっては胸に染みて効いてくる感じがあるな・・・。)


やはり、戦略の本質は「常識を覆すこと・自明でないこと」にあると感じます。これは、優れた企業の事例として、今研究している対象にも言えることです。まさに、他人がやらないことをしています。


「立地」の選定では、決して「人が行かないところに行けばいい」という奇をてらった発想ではなく、明確なロジック、しかもその企業が地域密着的に経営をしてきたからこそ気づけた視点で見事に業界にあった立地選定の常識を覆しています。

多角化に関しても、単純な資源ベースのシナジーではなく、戦略的にシナジーを起こすこと(つまり、ある事業で優位に立つためにある事業を起こし、その資源を活かす)をやっています。まあ、これは「経営戦略の論理」の伊丹さんが言う「ダイナミックシナジー」に近いことだと思います。


こういった優れた事例、決して同じことを私たちが現場でやればよいということにはもちろんならないですが、こういう事例を研究することによって、一つの戦略を策定する立場の者が持つべきスタンスは見えてきます。それが、やはり三品さんが言う戦略の本質部分に近いなと感じました。


③につづく