先月、日経からのメール通知で、日経新聞文化欄のコラム「私の履歴書」の12月の執筆担当者として世界的に有名なオーケストラ指揮者、リッカルド・ムーティが登場すると知り、とても楽しみにしていました^_^
有名な指揮者のムーティー氏、ご存知の方も多いと思うけれど、正月元旦のウィーンフィルの恒例行事である「ニューイヤーコンサート」の指揮者として過去6回登場し(さっき数えてみた)、直近では去年2021年に出演したことが記憶に新しいです
「私の履歴書」というコラム・タイトルの下には毎回執筆者自身の直筆署名が入るのがお約束なので、今回はどうなるのだろう?と関心が有りましたが、⬆︎の写真の様に、アルファベットの筆記体というよりもファンからサインを求められて差し出された色紙にささっと書く
autograph (所謂「サイン」)じゃないの❓これ❗️って感じ
ありがとうございます どうもー(笑
さてこの人の生い立ち、
1941年生まれというから15歳の歳上でした
初めてこの人を知った時は、なんか取り澄ました表情であまり親しみ深いという感じは受けなかったのだけど生まれはナポリというイタリアでも文化とか顔つきが濃そうな南部の出身であったのが意外
イタリア北部のミラノの街のスカラ座の音楽監督として有名だから、南部のナポリとは真逆で、人々は金髪碧眼でスラリと背も高い感じですので上に書いた様なイメージをあの方に対して持っていたのかも👅
僕もミラノ・スカラ座の前を(東洋からやって来た怪しい)通行人その1として通り過ぎた経験だけは有り(笑
で、履歴書第一回⬆︎(1カ月間毎日朝刊で連載されます)を読むと、この人が無類の日本贔屓であったことが分かり、急に親しみが湧いて来ました👅
第一回の履歴書を締め括る最後の部分をここに引用すると、
>>今月日本ではクリスマスソングが流れ、ベートーヴェンの第九が各地で演奏されると聞く。
音楽が街に溢れる1カ月間、私の音楽人生にお付き合いいただければ、この上ない幸せである。
素晴らしい音楽家というだけでなく、これだけ機知に富んだ表現力で他国の人々に語りかけることが出来る才能に胸打たれました
そういえば直近でタクトを握った去年のニューイヤーコンサートの僕の記事を読み返すと僕はこんなことを書いています⬇︎
コンサートの終盤で指揮者のリッカルド・ムーティがマイクを握り、無観客とはいえ世界中に生中継されていることから世界中の人々に向かって、コロナ禍におけるこのコンサートの開催や音楽家として思う開催の意義についての思いを述べ、最後は楽団員全員の合奏ならぬ、一斉の掛け声(おめでとうか?)が響きました
やっぱり熱い気持ちを持った人だったのね
これって南部のナポリ人だから?
⬆︎で最初に引用した「日本では今月クリスマスソングが流れ、ベートーヴェンの第九が各地で演奏されると聞く」という西洋人ならでの感慨を聞くと、ここでまた無駄口を叩きますが、
明治維新後の新政府が目の色を変えて推進した日本の西洋化政策(鹿鳴館等の欧化政策)について、それは批判も随分多い政策であったけれど、不平等条約改正の為に西洋人に見下されない様にという明治新政府の強い思いがこんな令和の時代の西洋人にその年末の風習に目を見張らせたという意味では、あの西洋化政策が上手い具合に功を奏した一例になるのだろうか❓👅(笑
星の小屋にて