漫才とは。 | 誰もが、ふと、いい感じになれる。

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自らへの約束
偉そうな文章は記さない。
教えるというような意識は排除する。
やみくもに啓発を意識しない。

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以前日記に書かせていただいたとおり、昨日は漫才ライブに出てきました(^◇^)

 楽しかったです(*^^)v


  
 佐藤知一氏は『時間管理術』(日経文庫)で、


 『時間がないのは忙しいからだ。たいていの人は、そう思っている。


 忙しいのは、仕事が多すぎるからだ。だから自分にはどうしようもない――そう考えている限り、どこにも改善の糸口がない。

  ~中略~  

 だが時間どろぼうを退治してくれる主人公がいない我々の世界では、自分で浪費を退治するしかない。

  ~中略~ 

 浪費とは目的に合致しない使い方のことだ。』



 と述べてます。



 時間やお金を、消費・投資・浪費と3つに分ける概念は鳥居祐一氏始め何度か聞いたことがあります。


 消費は、生きる上で必要不可欠という定義なので置いといて、「浪費より投資を選択すべきだな!」って単純に考えてしまいます。



 投資とは、商学部の講義で頻出しますinvestment。リターンのあるところ(もの)に使うことですね。


 これはこれで理解できます。


 次に、『将来の自分のためばかりに生きないこと。今を生きよ。今に足跡をつけよ。』


 って小学生の時、先生に言われたことを覚えています。


 "今を生きる"って私にはよく分かりません。部活に打ち込むことが”今を生きる”に該当し、勉強することは該当しないようなニュアンスです。



 私は漫才してるときが楽しいです。でも講義や講演や本やメルマガや雑誌などでインプットして、卒論やら資格試験勉強してうまく時間が使えた1日も達成感というか楽しいです。



 後者には知識等リターンが予想できます。しかし漫才にリターンは予想できません。


 度胸とか、プレゼンテーション力とか、コミュニケーション力がつくのではと思われるかも知れませんが、実感はありません。


 勉強の合間の休憩は、投資に該当すると思います。次のインプットを誘発するからです。


 漫才は『浪費』と『今を生きる』が諸共に意味するような気がします。


 相反する違和感を感じているのです。


 『今しかできないから~』とか『無駄なことなんて何もない~』というような稚拙な結びはしません。



 大学生ですが、優先順位低次の『漫才』ができることはかなり幸せなことだと思わなければなりません。


 私が生かされている身辺社会に感謝します。




 このような粗末なブログにも関わらず、お読みいただき、誠に感謝致します。 ありがとうございます。