本日、飛来物予備軍の窓枠切断中のため電車に足止め中につき、久々の更新なぞして見たいと思います。

題名でもわかりますとうりこれは、トイレを熱く語る章です。そんなはしたない、と思われる方は是非とも覗いてご覧くださいませ。



さて、トイレ

かつてベルサイユ宮殿では優雅な庭園のそこかしこで、優雅な紳士貴婦人方が優雅に用をお足しになっていらしたとか…


私の人生でもっとも明確に思い出せるトイレは、とある田舎に一家で移住した時の汲み取り式トイレ、


いわゆるぽっとんトイレです。


当日私は六歳、トイレの穴から落ちたら間違いなく世にも知りたくない世界へ真っ逆さま。


絶対嫌!


ということで、最初の頃は非常に用心してた気がします、多分

みなさんご存知でしょうか、汲み取り式の場合、定期的に中の山を崩さねばなりません。


ほっとくとお尻についちゃいますからね、山が。


ですから、なるべく崩して、なるべくタンクを一杯にしてから汲み取りに来てもらうのが


もっとも合理的な汲み取りしきお手洗いの使い方ってものであります。


そんな汲み取り式にもなれたある日の夕食


泊まりの仕事に出かけた母が用意してくれ夕食の献立はたっぷり作ったカレー

それぞれ(我が家は三姉妹)の皿にたっぷりと盛り付けた父がおもむろに言ったのです

「今日はトイレで食べるぞ」

何分素直なお年頃、それになんだか面白そう!


というわけで、我ら三姉妹父の後についてぞろぞろとぽっとんなおトイレへ

両手にはカレー、眼前にはトイレ

そして父からさらなる指令が

「よーし、覗き込んで食え」

「はいっ」

カレー見たいなものわ眺めつつカレーを食すこと暫し

「臭いか?」と父

「うん臭い」と我ら

「カレーは?」と父

「美味しい」と我ら

「よし偉い、それが本質だ

いいか、目の前の便所が気持ち悪かろうが、臭かろうが、カレーはなんの関係もない。これで食えなくなる


やつはバカだ。本質が見えんやつだぞ」


つまり、これは父の我ら姉妹にたいする実験と教えだったようで。

長じた今、改めて考えるに物事は感情によって関連づけてはならないものがある。


カレーとトイレの匂いしかり、トイレの中身然り。


論理的に関連性を判断できるようになりなさいよと、まあこう言った意味だったと思われます。

が、問題は父がこの実験をまったく覚えて無い(笑)

そんなわけで、私の素敵なトイレ遍歴はここからはじまったと思われます。


トイレ北米編へ続きます

注)嵐の日に書き始めたこの章が来終わったのは今でした…
序文と時間差がありますがご理解の程お願いいたします。





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