昔、こどもの頃
母親の恨みが延長しちゃって
母親を育てた
じーちゃんばーちゃんまでも
恨んでたって
以前のブログ記事で書きました

もちろん、親子関係が
普通になってからは
じーちゃんばーちゃんに対しても
普通の感情に戻りました
ただ、だいぶ離れた場所に
住んでいたしすっかり疎遠。。。
じーちゃんに10年ぶりぐらいに
再会したのは
じーちゃんが天国に旅立つ
ほんの数年前

今日はそのときの想い出。。。

アルツハイマー型認知症になってた
じーちゃんは10年以上会ってなかった
孫のわたしのことはすっかり忘れてました
孫はもちろん、子ども(私の母)や
60年以上連れ添った妻(わたしのばーちゃん)
もさっぱりわからない状態

目もきょとんとした感じで
ハムスターの目みたいになっていた
わたしはちょうど仕事辞めたばかりで
プータローだったのでしばらく
じーちゃんの家にいることにしました
(介護というか徘徊でどっか行かないように)

毎日毎日わたしのことがわからないから
あれこれ聞いてきます
「あなたは女学校出たばっかりかね?」
「え?いや違うよ30歳とっくに過ぎてるよ」
「結婚はしとるんかね?」
「ううん、してないよ~独身だよ」
「何だと!その歳で結婚しとらんとは石投げつけたいぐらいだぞ」
「いや~(笑)石投げられたらさすがに痛いよね」
なんて、ちょっとコントみたいで
おもしろかった

1日に何回も急須のお茶を入れるため
じーちゃんは電気ポットに向かうのですが
毎回入れ方がわからないみたいで
教えてあげるんです
「ここを押すとお湯が出るよ」って
1日に何度でも何度でも。。。
そうすると「こりゃすごいのう!」って
1日に何度でも感動してくれるんです

わたしはその1日に何回でも
感動できるじーちゃんがかわいくて
何だか穏やかに過ごせました

あ、人って仮に何もできなくても
今までできていたものが
できなくなっても
周りの人をしあわせにする力が
あるんだなーって

赤ちゃんが何もできなくても
存在だけで周りをしあわせにするように

もうすぐ旅立つであろうじーちゃんも
そんな雰囲気がありました
素直な反応なんですよ
思考の計算がないから

通りすがりの小さい子どもが
かわいいらしく、どんぐりのコマを
プレゼントしようとダーーって
走っていっちゃうとか。。。
一応介護者のわたしは
家の帰り道すら忘れてる
じーちゃん見失ったらヤバイから
「ひょえー」って気が気じゃないんだけど
素直な行動に今までの価値観や
固定観念崩すヒントをもらいました

あーしなければ
こーじゃなければ
いつの間にか縛られるものって多い。。。
でも本当の子どもの頃は
自分の気持ちに素直で正直だったねー
ってアルツハイマー型認知症のじーちゃん
に思い出させてもらったんです


ただじーちゃんのこども(私の母)は
何で何にも覚えてないんだろう
ってイライラしてたみたいです
関係性が近いとそう思っちゃうかもね
切ないかもね
わたしは別居してた孫だから
関係性は薄くて遠いので
コントみたいな噛み合わないけど
笑える日々をありがたく
受け入れられたのかも


                                                             海野まゆみ