(アミ)
「神は〝おぼれかかっている世界〟に対してまったく役立たずの無関心で、ただただ妄想的な〝自己救済〟や個人の〝かんぺきさ〟や〝進歩〟だけにのみ関心のある信心顔をしたひとよりも、信仰者でなくても、兄弟に対していつも心をさいているひとのほうを好むんだよ」
(ぺドゥリート)
「それには気がつかなかったよ。
アミ、でもどうして、そんなに神について知っているの?」
(アミ)
「だって、神は愛だからね。
愛を感じ、体験するひとが、神を感じ体験するひとなんだよ。
ひとを愛せるひとが、ただひとの役に立つことを望むんだよ」
(ぺドゥリート)
「アミ、きみの宗教は?」
(アミ)
「ないね。いや、あると言えばあるかな。
よくわからないけど……宇宙の宗教ーすべての進歩した宇宙の宗教とは、愛をもって生きることにある。
だって愛は神だからね……それ以外、まったく信仰のシステムなどもっていない」
二極化ではなくて
片割れ同士が統合するように
地球も統合していきましょう🌏
という内容を書きました。
このことは、今年に入ってからだんだんと
強く感じてきたことなのですが
本当に不思議なのが
このブログに記事を書いてから
あらゆるところで
〝二極から統合〟というメッセージを
目にするようになったのです。
これが何を意味するのかというと
ただ心の中で思うだけでなく
実際に表現することが大切ということ
そのメッセージの中には
数ヶ月前に書かれたものもあったので
周りの人から答えをもらうのではなく
自力でその答えにたどり着く必要があった
ということもあるかもしれません。
自分で答えを提出して(=表現して)
それから答え合わせをしてもらった
(=メッセージを見せてもらった)
という流れだったので
まるで宇宙からの試験のようでした
試験テーマは
〝自分軸で答えを導けるか〟かな
実際に表現していくと
それが自分自身への決意表明となり
更には宇宙への決意表明となり
望む世界が近づいてくるということ
表現というのは、声に出して言うことや
文字にして書くということでも
どんな形でも実際に心の内を出すことには
本当に大きな力があると感じました
だからこそ、自分が出す言葉や感情には
大いに責任が伴うのですね。
心にも思ってもいないことを表現していると
何より自分自身が辛くなります。
なぜかというと、それらのものは
そっくりそのまま自分に返ってくるから。
本当は愛そのものの自分と一致しない
偽りの自分とごちゃまぜになるから。
もう心の底から思ってもいないことは
言わなくていいんですよ
どんな人にだって愛は備わっている
自分自身の愛の強さを過小評価しないで
あなたは愛そのものだということに
今こそ気づいてほしい