「これで主砲が自動的に起動された。今のシルバーム城を破壊し新たな城の誕生と共に聖冠を復活させるのだ」
「誰も認めない、そんな王」
憤慨したロインがルベンスに掴みかかろうとしたのを、ルピナが後ろから抱くようにして止めた。それでもルピナの腕を振り解こうともがくロインは感情をむき出しにして叫んだ。
「民に謝れ! 街がどうなっているか分かってるだろ、紛争でどれだけの人が犠牲になったか」
ついにロインはルピナの腕から離れると、取り囲む兵士達の足の隙間をすり抜け、ルベンスの手に飛びついたと同時に、銃声音が鳴り響いた。
「発砲するな、執政官に当たったらどうする」
「す、すみません」
緊張のあまり引金を引いてしまった年若い兵士が、起きてしまったことに怖気づいていた。
足が思うように動かなくなったのを感じたロインは、突然の激痛で床に転げ落ち、足首を押さえてうずくまった。
「ロインッ」
一瞬にして顔面蒼白の衝撃を受けたルピナはロインの元に駆け寄ろうと、取り囲む兵に剣を向けた時だった。怒りを露にした召喚獣がルベンスに跳びかかって行ったのだ。だがそれはさせまいと、二階のブリッジで銃を構えていた兵士達が一斉に発砲した。数十箇所を打たれた召喚獣は、発砲音と共に無残に床の上に倒れてしまった。
重たいものが床に落ちる鈍い音が響いた後、コックピット内は静寂に包まれた。
「……し、死んでる……」
ルベンスは血痕の飛び散った床を眺めてから、ロインとその召喚獣を見下した。
ロインを拘束しようと駆け寄ってきた衛兵をシリウスが杖の先で殴り飛ばした。次から次へと向かってくる兵士達にシリウスはその軽やかな身のこなしと、杖一本で彼らの動きを封じてしまった。ルピナもそれに協力する。
剣で杖を弾いてしまわないように器用に間合いを取りながら剣舞を披露する。
ルベンスの近くで動き回る標的に兵士達はなかなか射程を定められないでいる。それに気付いたシリウスが床に転がった銃を素早く拾い上げて構えると、銃に怯んだ兵士達は動きを止めるしかなかった。
「よくも、よくも僕の友達を」
押し殺したような声を発したロインは憎悪と怒りで抑えられない感情をルベンスにぶつけようと、拳を振り上げたところを咄嗟にルピナが止めた。
「動いちゃ駄目よ」
握ったロインの手が熱で覆われていた、不審に思いルピナは額に手を当てた。
「すごい熱、打たれただけの症状じゃないわ、足は大丈夫、弾は擦れただけよ」
召喚獣のことで怒りを露にするロインの目頭からは、涙が溢れそうになっていた。
「よくも、よくもっ」
足の痛みを忘れたかのようにロインは突然ルベンスに飛びついた。 油断していたルベンスは反応に遅れて床の上に突き倒された。片足にしがみ付いて暴れるロインをもう一方の足で突き飛ばす。
「世間知らずの王子が、小癪な」
そそくさと立ち上がったルベンスの背後にルピナが音もなく回り込むと、素早く両手首を拘束し、頚動脈に刃を当てた。
「それで勝ったつもりか」
肩を強打したロインは胸を苦しそうに押さえていた。頼みの綱が切れてしまい、もはや船を止める術も見つけられずにいたその時、コックピットに侵入してきた者がいた。
「やっときましたね」
銃を両手に構えるシリウスはヴレイの到着を安堵の笑みで迎えた。
ケガと戦闘による体力の消耗で息を切らしていたヴレイは周囲を見渡した。状況を冷静に私見していると、銃を構えていた兵士の一人が「動くな」と警告してきた。
「あんた、遅いわよ!」
怒鳴ったルピナはルベンスの首筋に剣を当てていた。
「しょうがないから助けに来てやったんだよ」
「なによ、偉そうに」
「それだけじゃないけどな、正しい戦艦の扱い方を知らないらしいから、注意してやろうと思って、そこのシンオウとやらに」
頬に流れた血を無雑作に服のすそで拭き取ったヴレイは印象強い紫紺色の瞳で、ルベンスの押したスイッチを確認してから、変わり果てた召喚獣を見て顔をしがませた。
「ふうん」と小さく呟いたヴレイは横暴にブリッジに侵入すると、オペレーターの首根っこを掴みデスクから無理矢理退かせた。代わりに自分が腰を下ろすと、手元のキーボードを凄まじい速さで叩き始めた。
ルピナとシリウスはヴレイのコンピューター操作に目を奪われ、動きを封じられていたルベンスも言葉を失って見入ってしまった。
「まさか、これで空に飛ばすなんて、無理矢理にも程がある」
端末モニターを見てヴレイはあきれ返った。
「まだすべてのプロセスが組まれていないんだ」
近くにいたオペレーターが脂汗を浮かべながら答えた。
「そうだろうな、ダグシステムがバックアップしているものの、攻撃されたら落ちるだけの防御システムしか組まれてない、落ちれば街の住民が被害を受けるんだぞ、攻撃だけが戦艦の役目じゃない」
残り時間から解除システムの組み上げ完了までの時間を頭の中で割り出しながら、ヴレイの手は正確にキーボードを叩いていく。
「ダグシステム稼働率七十パーセント、相転移エンジン出力上昇中、起動率八十パーセント、粒子合成パイプの凍結解除終了か、順調に砲撃の準備がされているようだな」
「あの、平原まで艦を進行させ、そこで砲撃させたらどうでしょう」
オペレーターの一人が不安そうに提案してきた。
「ダメだ、発射完了時間までにその目的地に着くことはできない、距離と方角も自動設定だ、こういうのには全てを白紙に戻すコードがあるんだ、それをお前は知っているはずだ」
目尻を細めたヴレイは視界のすみでルベンスを見据えた。
「私がそれを知っていると思うか」
「知ってるさ、そうでなければ攻撃は許可されない仕組みになっているのがダグシステムだ。艦長がそのコードを覚えておくこと、そして解除信号をプログラムに組み込んでおかなくては、攻撃システムは武器として使うことはできない」
「だとして、お前なら解除できると言うのか」
「やるしかないだろ」
「これを解除したら、王は復活しないんだぞ」
「そんなこと俺には関係ない、無駄に血が流れない方が大事だろっ」
モニターに表を向けたままヴレイは声を張り上げた。
「今総出で街の住民を避難させているがこのままじゃあ間に合わない、俺はシルバームの人間じゃないし、この国の行く先に興味はない、王になりたければなればいい、でも軍用兵器で罪のない国民を巻き込むことだけは許せない」
振り向き様に帯びる鋭い少年の眼光と熱意に、構えを止めようとしなかった兵士達が次々と武器を下ろし始めた。
「陛下、どうかお考え直しください、停止させるべきです」
「民を犠牲にして国が成り立ちましょうか」
「お考え直しください、民が巻き込まれるのを私達も見たくはありません、民を守るべきです」
口をそろえて反論してくる部下を見て、焦りと戸惑いに駆られたルベンスはもの凄い力でルピナの手を振りどかし、内ポケットに隠し持っていた銃を取り出した。
「私に刃向かうつもりか、もう遅いっ、私が新王なのだ、この場で全員射殺するぞっ」
反射的にガンフォルダーへ手が伸びたが、ヴレイは銃を取るのを止めた。
銃口がこめかみに向けられているにもかかわらず、目の色一つ変えないヴレイの姿に、ルベンスは彼に逆らえないことを本能的に悟った。血走る碧眼を見開き、額に脂汗を滲ませる。
下唇を噛みしめたルベンスは震える手で銃口を端末モニターに向けると、それはさせまいと数人の兵士が執政官に銃を向けた。
「……ダグコード、アズだ」
「ありがとう」
その時ロインの目頭から涙が溢れた。
視界の端でその姿を見たヴレイは小さく微笑んでから、作業に取りかかった。
一安心したシリウスはルベンスに近寄り、その手からそっと銃を抜き取った。まるで抜け殻のようになってしまったルベンスは茫然と立ち尽くしたまま、彼の作業に見入っていた。
「光学障壁展開、ダグ解除ルート検索、通信回路を封鎖、船内警戒態勢を解除、目標確認システムに誤認プログラムを送信、各員持ち場で確認しろ」
的確にヴレイが指示を仰ぐと、隣のデスクで作業をしていたオペレーターが即座に答えた。
「最終ルートまでのチェック完了しました」
『発射まで、二分前』
「カウントに入りました」
コックピットに緊張感が張り詰めた。
だが、ヴレイの手は前触れもなく突然止まってしまった。何が起きたのかとシリウスとルピナは息を呑んで様子を窺った。
「駄目だ、インジョリックの艦と規格が違う、俺のやり方じゃあ解除できない」
「そんな、どうするのよ」
ルピナの問いかけにヴレイは困惑したまま答えられなかった。