ブリッジから脱出したシリウスは相方の進入ではなかろうかと、外部と直結しているケージに向かって通路を走っていく。兵士と鉢合わせになっても、怪しまれていなければ傭兵証明書を見せて、「侵入者を探している」と言えば、問題はなかった。
甲板へ行く途中で、侵入者に斬りかかった兵士達が無念に返り討ちにされていたのを見付けた。既に侵入者の姿はなく、救護班が応急処置を行っていた。
その場から少し離れ、辺りに意識を集中させたシリウスはケージに繋がる機械室の扉を開けた。中に踏み入ろうとしたその時、天井にへばり付いていた侵入者が頭上から斬りかかってきた。
先に殺気を察したシリウスが瞬時に身を翻し、振り下りてきた刃を杖で受け止めた。
刹那的に対峙した両者の視線が鋭く交わった。
予想外な侵入者の正体にシリウスは一瞬たじろいたが、遠慮せず相手を振り飛ばした。
「ここは余所者が来るところではないですよ」
まだ十六、七の少女と、十歳そこそこの少年を目の前にして、シリウスはまだ信じられないでいる。
「捕まえようとしても無駄よ」
振り飛ばされたが、受身を取り体勢を崩さずに構え直した少女は剣先を相手に向けた。
「連合兵の者ですね、ルベンスの元へ行くつもりですか」
「邪魔するなら、あなたも倒れていた兵と同じ目に遭うわよ」
「それはどうでしょう」
男の不適な笑みに二人は厳しく警戒した。
シリウスと剣を構える少女の鋭い眼光が交差していると、殺伐とした空気に水を注すかのように艦内放送が流れた。
「艦がドックから出ます、どこかに掴まったほうがいいですよ。それで君達はどうしてここに軍艦があると分かったんですか、しかも地下にあるってことを」
地響きのような揺れの中でも、少女とシリウスは微動にせず、お互いの間合いに入るか入らないかの位置を保ったまま対峙し続けた。
「あんたには関係ないわ、で退くの、退かないの」
凛と研ぎ澄まされた紺碧の瞳に圧倒されたわけではないが、シリウスは構えていた杖をさげた。
「ブリッジまで案内しましょう。君達がどうこまでできるか見てみたくなりました。おおよそ君達の協力者は予想がつきますので」
後から駆けつけて来た警備兵が三人を見付けるやいなや、得物を構えて襲い掛かってきた。即座に反応したシリウスが杖の先で兵の得物を受け止めると、後は護身術で相手の動きを封じてしまった。
素早い身のこなしに少女は口を上げてあ然としてしまった。
「早く行きましょう、付いてきてください」
言われるままに二人はシリウスの後に付いて行った。
「でもあんたここの傭兵でしょ、信用できないわ」
まだシリウスを警戒する少女は剣の柄を握ったままだ。
「元傭兵です。ついさっき解雇になりました、私も追われてます。それに、貴方達を知る者と手を組んでますから、心配しなくても大丈夫ですよ」
「ヴレイを知ってるの?」
声を上げて訊いてきたのは召喚した獣の背に乗る少年だった。
「そうです、連合の中に知り合いがいるといていましたが、君達のことだったんですね」
「あそこにいたぞ!」
警備兵の叫び声に反応した少年が「招来」と叫ぶと、空中に描いた陣の中から飛び出してきた獣が警備兵に襲いかかり、気を失わせてしまった。
「二人とも名は」
「僕はロイン、彼女が」
敵ではないと分かると生まれ持った社交性が自然と表に出せるロインを見て、警戒心が削がれてしまったルピナが呆れた様子で答えた。
「私はルピナ、あんたは」
「シリウスと呼んでください、フレイヤの王女とベフェナの王子はかなりの使い手であられる、さすがに驚きました」
「知ってたの?」
「名前だけ知っていたので、こちらに渡る前に少々文献で習っておきました」
かなり早くシリウスは走っていた。獣にまたがっているロインはともかく、話しながらでも余裕で付いて来るルピナに気付き、今更ながら感心した。これなら警備兵に追いつかれる心配はない。
シリウスはこの二人に大きな期待感を持った。
シルバームを救おうと召喚獣を使って軍を率いたこの少年は幼いながらも、ヴレイとは異色の指導者になると分析した。
コックピットを守っていた衛兵が中に入れまいと、三人に得物を振りかざした。だが、ロインに召喚された猿型の
獣によってその努力は無駄となり、ブリッジへ通じる扉は蹴破られた。
眼前に飛び込んできたのはブリッジが三段状になった司令室だった。
三段目のブリッジに我が物顔で突っ立っていたルベンスが階下の異変に気付いて、目を見張った。
侵入して来た三人を数十人の衛兵達が銃口を向けて取り囲んだ。
「外にいた兵は剣だったのに、ここに来ていきなり銃ですか」
憮然に笑うシリウスに対して、ルピナとロインは尋常でないほど萎縮してしまった。
「侵入者は子供だったか、案内ご苦労だったなシリウス、良い機会だこいつらにショーを見せよう」
正面に広く取られたガラス板の向こうには、出撃している大半が傭兵の新王軍と市民連合軍の上空接戦が繰り広げられていた。
「すでにリベロットの上まで浮上していたのですね」
数の多い新王軍に対して、兵力の少ない連合が決死に攻めている戦場で、ヴレイとヴァリスが派手な攻防戦を繰り広げている様子が見えて、ルベンスは目尻を細めた。
「おい、あれ」
新王軍の一人が宮殿の方を見て唖然と呟いた。
「何だよあの船、見たことねえぞ」
「ただの飛行船じゃねえぞ」
軍艦の姿に気付きながらも兵士達は戦いを止めなかった。
派手な空中接戦を続けていたヴレイとヴァリスも動く空中要塞には気付かなかった。ヴァリスの額やわき腹辺りからかなりひどい出血が見られたが、相手の負傷を喜べるほどヴレイにも余裕はなかった。
肋骨を何本か折られているので動くたびに激痛が襲う。
気力的にも妖力を使えるのはあと一弾だと判断したヴレイは、手の甲に自分の血で印を描くと拳は青白く光りだした。
「また弾丸が、だがな二発目はきかねえぜ」
ヴレイが突き出した拳から先のと同じような光弾が発射された。
放たれた光弾は湾曲し逃げる獲物を追う。気力を振りしぼって弾丸を避けると、突然ヴレイが視界に飛び込んできた、身構えることも出来なかったヴァリスは腹部を殴られ、そのまま彼の視界は闇に閉ざされた。
気を失ったヴァリスの体が飛獣から落ちそうになったのを見て、ヴレイがとっさに受け止めてやった。
二人の決着を見ていた諸侯が防具を揺らして近づいて来た。
「大丈夫か君」
「ああ、なんとか、それよりあれは」
ヴァリスを受け止めた時から気付いていた。
「あんたらが戦っている間に浮上してきた」
「こいつを頼む、それと戦いをやめさせるんだ」
「何を言い出すんだ、この状況を見ろ、誰も耳なんてかさないぞ」
「少しでも努力しろ、でないと後悔するぞ、それと城下の住民を城から遠ざけろ」
困惑する諸侯に無理矢理ヴァリスを預けると、手綱を引いて飛獣を軍艦へと向かわせた。
* * *
「あいつが勝とうが、この艦は停まらない」
外の様子を眺めながらルベンスは階下のブリッジに下りてきた。
「あんたのやっていることは反逆と同じよ、民に攻撃するつもり」
猛然とした相貌を向けたルピナがルベンスに掴みかかろうとしたところを、シリウスが杖を横にして行く手を阻んだ。
「部外者に何が分かるっ」
場の空気が凍り付いてしまいそうなほどの怒鳴り声に、ルピナは生唾を飲み込んだ。
「王制をなくしたのは最後の国主が無慈悲なまねをし、聖冠の力を邪悪化させたからだ。しかしその聖冠を破壊したのは邪魔な分家だ、王制廃止後ますます治世は安定せず常に紛争と隣り合わせだった、王がいないから秩序は不安定なままなのだ、だから私が王を復活させようとしているのではないか、本家の血を受け継ぐ私が」
本性をさらけ出し、言いたかったことをぶちまけたルベンスは勝ち誇ったような高笑いをコックピットに響かせた。
異様に血走る碧眼にロインは冷たい汗をかいた。それは背中合わせになっていたルピナも同様だった。
「私が王になるのだ、オペレーター、あれの準備だ」
「はい」
「これで王制復古への秒読みが開始される」
指示を仰いだルベンスはオペレーターデスクの前に佇むと、手元のスイッチに触れて力強く押した。