飛獣にまたがりシルバーム城の上空に来た頃には、武装された飛獣にまたがった何万という兵士達が上空接戦を繰り広げていた。
鋼と鋼がぶつかり合う音は本物だ。
初めて見る戦場にヴレイは目を見開いたまま放心状態になってしまった。
剣が胸を貫けば飛獣から人が倒れ落ち、あるいは腕を切り落とされ、人が地上へと落ちていく光景を目の当たりにしたヴレイは驚愕のあまり口に手を当てた。血の流れる戦いに、軍人とあろうもう者が恐怖した。
機械に乗って身を守りながら戦うのとはわけが違う。
直に自分の命が危険にさらされるのが戦場だ。それにもかかわらず勇ましく立ち向かってゆく姿に、今まで自分の見てきたものがすべて引っくり返されたような気分になった。自分達だって真剣に戦ってきたことには変わりはしないが、己の尺度の狭さを痛感させられた。
艦長の座に就いていただけで傲慢になり、当たり前のように威厳を振りかざしていた自分がひどく滑稽に見えて、思わずヴレイは自嘲した。
インジョリックサークは血の流れる戦いを避けるために、機械を発達させた、逃げてきた結果ではない、平和を望んだだけだ。だがそれを否定する者がいるのも事実。
守るために剣と剣をぶつけて戦っても、必ずどこかで悲しみと憎しみが生まれる、いつも世界の何処かでその繰り返しが続いているのだろうと思うと、ヴレイは虚しくなった。
城を守ろうとする新王軍と反政府連合軍の衝突で城下町は戦禍に巻き込まれ、恐怖から逃げ惑う民間人を自警団が決死に避難所へ誘導させていた。戦をするなら国民には迷惑をかけない場所を選んでほしいものだ。
裏路地や城壁の下でうずくまる避難民の姿が心苦しい。
もはや誰がどちらの兵士か見分けがつかない戦場を、遠目から監視していたヴレイは奇跡的に見付けたものに息を飲み込んだ。
ヘルメットをかぶっていたので顔は確認できなかったが、あの金髪と背格好は間違いなくルピナだった。自分の動体視力に二言はなかった。そして彼女と一緒に飛獣にまたがっているのはロインだ。
護衛に回ろうと手綱を引いたその時、突き刺さるような威圧感にヴレイは背筋を硬直させた。
視線を上げて真っ直ぐ前方を直視した瞬間、見えない鎖に縛られるような感覚に襲われた。それと同時に、九年前の悪夢が鮮明に蘇った。
戦慄したヴレイは全身に震えが走った。胃液が吐き出てしまいそうな嫌悪感に、頬から冷や汗が流れ落ちた。
「ザ、ザイド……、どうして」
防具の上から漆黒の革コートを羽織り、見せ付けるように翻している。
首筋まで伸びた黒髪は乱れて舞い、風にみびく横髪の下から灰色の瞳が超然とした面持ちでこちらを見据えていた。まるで何かを訴えかけるような強い眼光だった。
「まさか……」
九年間探し続けていた元凶を見つけたにもかかわらず、ヴレイの中には「やはり」という言葉しか出てこなかった。ふと、ザイドと握手を交わそうとした時のことを思い出した。
あの時から「もしかしたら」と、覚悟は決めていたが、改めて真実を突きつけられると、頭の中は真っ白になった。何もこんな時に正体を明かさなくていいだろと言ってやりたかったが、ヴレイは立ち眩みにあったかのように呆然としてしまった。
焼けた村から海岸まで逃げてきたヴレイは朦朧とする意識をなんとか奮い立たせて振り向いた。あの時確かに彼の姿を見つめていた。
紫紺色の瞳に映ったものを無意識に呟いた。
「ザイド」
消え入る語尾と共にヴレイの意識も石浜の上に崩れ落ちた。
けたたましい爆音で我に返ったヴレイは、黒煙の中からルピナとロインが乗った飛獣を見つけた。
二人の元へ旋回したまさにその時、手筒砲を担いでいた傭兵が二人に向かって砲弾を放った。一瞬早くそれに気付いたヴレイは手の甲に字を書くと、拳から電流のような閃光を放射させ、砲弾を空中爆破させた。
「大丈夫か」
「何やってたのよ、遅いのよっ」
窮地を救ってくれた王子に見惚れるような顔をして驚いていたルピナだったが、いつもの不機嫌な顔に戻して怒鳴ってきた。
「再会を喜んでる場合じゃないぞ、艦が動き出す、教えたルートでケージへ侵入しろ、ここは俺が」
逃がさまいと三人を包囲した傭兵達を、見事な太刀筋でなぎ払ったのは諸侯だった。
「お二人とも早くっ」
「有難うございます」
ロインに飛獣の操縦を任せ、飛んできた矢を剣圧で吹き飛ばしたルピナが諸侯に礼を言った。
二人を乗せた飛獣は追っ手を振り切り、シルバーム城へと飛んで行った。
彼らを見送った後、敵の足止めをしようと鞘からサーベルを抜いたヴレイは下唇を噛んで、腹をくくった。やらなくては、守りたいものも守れないのだから。
傭兵が傭兵に攻撃している様子に気付いた男が肩に手筒砲弾を担いで、ヴレイの前に現れた。
並みの賞金首の力量を遥かに凌駕しているだろう風格の男にヴレイは見覚えがあった。
「こんなところで会うなんてな、全国に指名手配されている賞金首ヴァリス」
背筋まで伸びた金髪を首筋で一つに結っていた。
長い前髪を手馴れた仕草でかき上げ、ニヤリと笑う上唇にはピアスの石が幾つも光っていた。
「おやおや、妙な傭兵がいると思えば、インジョリックを抜け出してきたのか? それとも軍を首にでもされたか? 隊長さんよ」
切れ長の目がヴレイを嘲笑っている。
「そんなこと気にしてどうする、牢獄行きのお前が」
「それはどうかな、ここはルールのある世界じゃねぇんだよ、隊長さん」
「おしゃべりなんだよっ」
ヴレイの放った光弾はヴァリスを確実に捉えていたが、寸前のところで避けられた。
それでも防具の半分が焼失してしまったので、ヴァリスは仕方なく防具とコートを脱ぎ捨てた。
「そんな技も持ってたのか、おもしれぇ、勝負っ」
手際よく手筒砲を組み換えたヴァリスは砲口をヴレイに定めて発砲した。とっさに両手を構えたヴレイは先と同様の光弾を放った瞬間、砲弾と衝突し爆発が起こった。上空に強烈な爆音が轟き、熱を持った爆風が輪になって戦場に広がった。
心配になったルピナは振り返って見たが、現場は黒煙に包まれヴレイの姿を確認することはできなかった。
豪快な爆発音は軍艦の中にまで響いて聞こえてきた。
「あれがお前の狙いかシリウス。傭兵は出撃命令が出ているだろ、それを無視して私の船に密航とはいい度胸だ」
コックピットの主モニターは上空での接戦を映し出していた。
「私は諜報部員ですから、長が何を企んでいるかぐらいは嗅ぎ付けます。それに始めから私と彼は手なんて組んでいません、お互い自分の目的のために動いていたまでです、部下を管理できないのは長としての力不足では?」
一瞬コックピット内が静まると、ルベンスはこれ以上にない屈辱感にさいなまれ、怒りで双眸がゆがんだ。
「何をぼさっとしている、こいつを取り押さえろ、逆賊だ」
ルベンスの指示で兵士達がシリウスを取り囲むと、艦内にけたたましい警報が鳴り響いた。
「警備班は様子を見てこい、艦首と艦尾の非常口と甲板に兵を集中させろ、部外者は見つけ次第始末しろ。この作戦を邪魔されてはならない」
堀の深い窪みにおさまる冷徹な碧眼が、さらに鋭い眼光を放ってモニターを睨みつけた。
「さっさとそいつを軟禁しろ」
苛立つルベンスは言葉を吐き棄てた。
彼の命令を遂行しようと、兵士達はシリウスとの間合いを狭めていく。一人の兵士が威嚇用の鉄棒を振りかざしたが、それよりも早く杖を実体化させたシリウスが相手の腹を突いた。
そのまま杖一本で兵士達を薙ぎ倒すと、風のようにコックピットから脱出した。
「奴を捕まえろっ」