城内を自由に探索したいところだがシリウスが目を光らせているに違いなかった。
細い笑みの裏に、罠があってもおかしくなかった、それにこうも簡単に侵入できてしまうと、逆に身の危険を感じいつにも増して周囲に警戒心を張り巡らせるが、ヴレイは初めて入った城に興味津々だった。
城内は外より静かでだだっ広い。やたらに高い天井が眼前に飛び込んでくると、回廊を挟むように何層もの橋廊が縦横無尽に伸びていた。
時々兵士と通り過ぎるが、横目で見られるだけで怪しまれてはいないようだ。
「なぜ不信感を抱かない、俺は不審者じゃないのか」
「それはたぶん傭兵の大半が賞金首だからですよ、でも内心は我が物顔で城内を闊歩する傭兵が邪魔でしょうがないんでしょうね、主役は新王軍なんですから」
国境ゲートの村で聞いた話と一致していた。
「じゃあお前も賞金首だったのか」
「いえ、私は情報収集金兼ね確保した賞金首をシルバームへ招聘するという契約の元、ここに雇ってもらいました。こんなところでまた会えるとは、運命ですかね」
「出来すぎた運命だな、それであんたラブラリンにいたのか」
「そうです、類は友を呼ぶんですね」
シリウスはニコッと笑って見せたが、ヴレイはその笑みには関わらないようにした。
「何の情報も無しにシルバーム城を偵察しに来たわけではないですよね、目的は何ですか」
どうにもでもかわせる質問にヴレイは情けないほど動揺してしまった。
瞬きもない細い目は人のどんな微かな動きも読み取り、あっさりと何事件を推理してしまいそうな眼光を放っていた。
ヴレイはその怜悧な眼光に気合負けしていた。
「途中、船に乗りませんでしたか」
何故シリウスがそんな質問をしたのか分からなくて、答えることができなかった。
「ならシルバームの護衛獣のことは聞きましたよね? ずいぶん派手に報道されましたから」
「何が言いたい」
「君ならあの護衛獣を倒せるだけの力もあります」
「ああ、そうだよ、だからなんだ」
理解困難になると焼けクソに発言する癖が出てしまう。ヴレイ自身、短所を抑えていたつもりだが、折れやすい自分に嫌気が差した。
「じゃあここに来た目的は何ですか?」
「質問攻めだな、考えてみろよ」
挑戦的な彼の笑みにシリウスは陰険な笑みを見せた。
「ただ賞金首のことだけを詮索しにいたわけではないですね、あの時君は別れ際に賞金稼ぎはお小遣い稼ぎと言いましたし、でも探してる匪賊のことで来たわけでもなさそうです」
堪のいい奴だと感心しながらヴレイは渋りながらも答えた。
「ここのお偉いさんが何かをしでかすという噂を聞いたんだ、理由があって内情を探らせてもらいに来た」
「意外にあっさり話してしまうんですね。ちなみに私はラブラリンの首都から出ている大陸横断鉄道を使いました。値は張りますが快適でしたよ」
「こっちは散々だったよ。それに大して隠すことでもない」
「それはそうとして、夜の街はあまり出歩かないほうがいいですよ。つい最近大使館立てこもり事件が起きたばかりですし、少し前には反乱軍が謀反を起こしていますから」
セリフの内容とは裏腹にシリウスは超然とした面持ちで言った。
「強硬派だな。そこまで民に慕われない執政官じゃあ、先も思いやられるな」
「人格的にはできた人だと思うんですけどね、さて、今日はもう遅いですし客間へ案内したいところですが、君が城の内情を捜査したいのならいい方法があります」
「スパイを軟禁するつもりか」
冗談気に言ってみると、シリウスはまた細く笑んだ。
かなり歩いた頃、頑固な装飾が施された扉の前に案内された。来る途中に様々な扉を見たがそれらとは明らかに核が違う。
眼前の扉に唖然としている間に、シリウスが軽くノックをして扉の片方を押した。先に部屋の中に入るように促され、ヴレイは部屋の中へ足を運んだ。
当然のように設計された吹き抜けの天井は鋭角に伸びている、一面ガラス張りの窓には半分に欠けた月が闇の中に浮かび上がっていた。
だだっ広い部屋の中央には両腕では収まりきれない机が置かれていた。
弾力のありそうな革製の椅子には偉そうに構えた男が腰をかけていた。
「お前か、そろそろ休むところだったんだぞ」
「夜分遅くにすみません、少しお時間よろしいですか」
男は渋った顔で返事をした。
「何だ」
「ベフェナ行きの客船に乗っていたという少年です。彼の力量は私もよく存じています、彼が護衛獣にとどめを刺した張本人です、本人も自白しました」
初めからこのつもりで会話させられてたと思うと、ヴレイはシリウスを睨まずにはいられなかった。
「ほう、まさかこんな小僧だったとは、手柄だシリウス」
鼻で笑った男はスッと椅子から立ち上がると、机の前に出てきた。
シリウスより長身だ。三十代だろうその男は育ちのよさそうな顔立ちに、掘りの深いくぼみには冷徹で鋭い碧眼が埋め込まれている。色素の薄い茶色い髪はオールバックで固められ、身を包む黒曜石のような軍服と肩に掛けられた黒豹マントが良く似合っている。
「私はシルバームの執政官ルベンスだ、君が護衛獣をやったのか?」
新王を目の前にしてヴレイは悔しくも、萎縮してしまった。
「あんたが新王か、弁償なんてしないからな、こっちは正当防衛だ」
クククッとルベンスは満足げに高笑いした。
「分かっている、謝罪金もすでにベフェナへ払い済みだ。ところで本題を言わせてもらうが、私の傭兵部隊に入らないか、護衛獣はお前の強い力に警戒したんだろう、その能力を見込んで報酬は倍にする」
まさかのチャンス到来だ。組織にもぐりこめば堂々と詮索できる。
その時ヴレイはハッとして、シリウスを視界の端で見た。まさか、潜入の為に自分をここに連れてきてくれたのか、と疑念に囚われたが、もし護衛獣を倒した罪として拘束させられていたらと思うと、良い気分はしなかった。
「それも悪くないな、ちょうど金も欲しかったし、入隊する」
不安定な姿勢を立て直せないではいるが、目の前にいるのは国の頂点にまで伸し上がった権力者だ。その貫禄が微笑すると不気味な旋律をかもし出した。
「交渉成立だ、だが私を裏切った時はそれなりの制裁があるからな。では身分証を提示してもらう、外見からしてインジョリックサークの者だろ、大陸を出る際には国際旅券が必要だからな」
相手を見透かすようなルベンスの双眸をヴレイは黙って見据えてから、荷物に視線を落とした。乱雑に鞄の中を探ってから、身分証を取り出した。
「シリウス、受け取れ。ダグにそいつの登録をしておけ」
受け取ったシリウスはルベンスの机に設置されている端末コンピューターにデータを入力した。
「ヴレイ・リルディクスというのか、では諜報部のシリウスと組め、お前はシリウスが得た情報を元に動く特攻だ、直接の命令は傭兵部隊の統括が下す。登録したら身分証を返してやれ」
奪い取るようにシリウスの手から身分証を取ったヴレイは怪訝な面持ちでルベンスを凝視した。
「何か不満か」
「兵力が欲しいとはいえ、どこの馬の骨とも知らない者を何の審査もなしで雇ってもいいのか」
質問を聞きながら頷くルベンスは葉巻に火を点けた。
「情報を流すつもりならやればいい、別に私はインジョリックに興味はない、今はこの国のことだけだ」
良くも悪くもないつまらない答えだった。
「では本日から傭兵部隊統括、ザイド指揮官の直轄下に配属する。明日個室を用意させる、今夜は離れの客間が空いている、二人部屋だが狭くはない、ゆるりと使え、以上だ」
執務室を出ようとした際、ヴレイは目の端でルベンスを見送った。