庭園の池に浮かぶ島で楽師が雅楽を奏でていた。青々とした芝生の上に一人、着物の裾を広げて腰を下ろす女性が水面を眺めながら溜息を付いた。
天然の岩壁を挟んだ反対側には高貴な庭園とは対照的に、荒磯を表した大きな池と、石つつじが植えられた凄然な庭園が広がっていた。
中洲には年の頃十歳と十四歳の少年二人が組み手の姿勢を構えたまま、その時を待っていた。
庭園に流れ込んだ通り風は池に静かな漣を立てた。一匹の鯉が飛び跳ねた瞬間、水を打ったような静けさは破かれた。
二人の拳が衝突すると同時に、池が小さく波打った。拳の打ち合いが続いた後、両者の脚がお互いの腹部を蹴り上げた。
相打ちかと思われたが、片方は相手の脚を掴まえ、もう片方は腕を盾にして直撃をまぬがれた。
相手の拳を掴んだ状態でしばらく睨み合いが続いた。
「いつまでやってる、そろそろ時間だ」
長身の男が二人を乱暴に呼びつけてきた。
「続きは俺達が戻ってきてからだ、遅刻すると団長にどやされるからな」
「どやされるほどの仕事じゃないじゃん、どうせ俺達は留守番だろ」
少々背の高い方の少年が口端に滲んだ血をぬぐいながら言い返してきた。
「つまり、ザクロさんをお守りする大役は自分達には簡単すぎてやりたくないと、団長に伝えておくよ」
少年達は男に襟足を鷲掴まれ強引に引きずられた。あまりにも強い男の腕力に二人は子犬のように騒ぎだした。
「いやじゃないよ、留守を任されるほど頼られてるってことでしょ僕達、なのに団長はまだ認めてくれないのかな」
背の引く方の少年が紫紺色の瞳を男に向かって上目遣いした。
「まったくだぜ、こんなに強くなったのに俺達を現場に出してくれないなんて。だから強く掴まないでよ、痛いよ首っ、もっと手加減しろよ」
本気で怒鳴り散らす灰色の瞳の少年は男の腹部をバシバシ殴るが無駄な抵抗だった。
「お前らずいぶん態度がデカくなったなぁ」
「だろ、いつまでもガキじゃないんだぜ、時間通りに帰るからさ、なあヴレイ」
「うん。絶対に遅れないからさ、次こそザイドに勝てそうだったのに」
「お前のへなちょこパンチじゃあ俺に勝てるわけないよ」
「そんなことないよ次は絶対に勝てるよ、パンチのスピードにだって追いついてるもん」
少年達の口ゲンカに苛立った男は、少年達の頭と頭を遠慮なくぶつけた。
* * *
橋を渡り終えた着物姿の女性が少年達の姿を見つけるやいなや、花が咲いたような気品あふれる笑顔を見せて、小走りで駆け寄って来た。
「やっと来てくれたのね、待ちくたびれたわ」
「ザクロ様聞いてよ、今日も途中で止められて勝負がつかなかったんだぜ」
唇を尖らせたザイドはザクロの手を握って、滝壺が見えるいつもの浮島へ歩みを進めた。
「そうなんだよ、今日こそはと思ったのに」
同じように唇をすぼませたヴレイもザクロの手を引いた。
「そうなの、でもあなた達はお友達同士なんだから、傷つけ合わないようにしなきゃ、いつも戦ってばかりじゃない」
「大丈夫だよ、こいつ結構丈夫だし、俺のパンチも避けれるようになったんだぜ、なヴレイ」
「当たり前だよ。いつか僕の足蹴りでザイドに参ったって言わせてやる」
少年達は無垢に笑うが、小さく溜息を付いたザクロは少年達と同じ目線になるまで腰をかがめた。
「確かにお互いに磨き合うのはいいことだけど、友達を傷付けることは決していいことではないのよ、かけがいのない大事な人なのよ、それを忘れないこと」
「はい」
似たようなことを何度言われたのか分からないが、何度も彼女の言葉を胸に響かせては、二人の間にできた絆の大切さを実感していのだった。